02

「どういうことだよ天翔ッ!!」

昼の青空に、紅輔の大声が響き渡る。しかし、聖璃と天翔の対抗戦を知っている周りの生徒は、その大声も仕方なしとばかりに見て見ぬ振りをしていた。もしくは、植物に囲われた柵の中で何があったのか議論している人間もいる。
まさか勝って帰ってきたら怒号が飛んでくるとは思わず、天翔は困ったように頬を掻いた。

「はは……、とりあえず一勝ってとこだよな」
「一勝は良いんだけど、あの中で何があったの?ぼく達からは見えなかったからみんな大騒ぎだよ」

歌雨からの問いに、横で撫子が何度も頷いている。天翔は表情そのままに、すっと視線を三人から外した。

「それが……俺もよく分かんなくてさ」
「は?」
「すげー、強かったんだ。聖璃さん。もう手も足も出ないってああいう事を言うんだなって思って……絶対負けるって思った。気が付いたらあんなことになってて、俺もビックリしたんだよ」

天翔は静かに顔を伏せる。いつもは元気な天翔の珍しい姿に、詰め寄っていた三人も顔を見合わせた。それから、歌雨が一歩後ろに下がって肩を竦める。

「……気が付いたら勝ってたなんて、ぼくも言ってみたいなー」
「だってそうなんだよ!こればっかはしょうがねーって!」
「はーいはい。そういうことなら天翔、お疲れ」

歌雨が軽く顔の横に右の手のひらを上げる。天翔は一瞬きょとんとしたが、その意味が分かると、ぱっと表情を明るくして勢いよく手のひらを叩く。ぱぁん、と清々しい音がした。

「ん!どうもな!」
「……そうだよな、一勝には変わりねえし。全敗は防げたんだ、サンキュー天翔」
「おうっ」

同じように、やや納得のいかない顔ではあったものの、紅輔ともハイタッチを交わす。天翔は意気揚々と残りの一人に目を向けた。紅輔を見てアイコンタクトをすると、撫子もおずおずと手を上げる。天翔が素早く右手を振り上げ、パン!と勢いよく手のひらがぶつかった。

「ひゃ……!て、天翔くんっ、あの……途中見えなかったけど、最初のとか、すごい、すごかったよっ……!え、と、おっおつかれ、さまっ」
「ありがとな撫子!撫子と歌雨はこれからだろ?頑張って来いよ!」
「う……うん……」
「一勝の後でプレッシャーかかるな~」

のんきな声色で呟きながら、歌雨は足を伸ばしてストレッチをする。撫子は片手に持っていた杖を両手で握りしめた。ごつごつとした、粘土で固められているような柄の先に、きらびやかな金の装飾が施され、丸く茶色い石がはめ込められている。殴ったら痛そうなくらい重く見える杖に、紅輔はちらりと目を向けた。

「撫子」
「あっ……ど、どうし、たの?紅輔くん」

は、と紅輔は小さく息を吐いた。撫子の顔は、今にも倒れそうなくらい真っ青だ。自分だけならまだしも歌雨と共に戦うのだ、足を引っ張らないようにと力んでいるのだろう。紅輔は眉尻を下げた。

「……お前、大丈夫か?」
「だいっ……じょうぶ。うん。大丈夫だよ。わたし、頑張ってくる、から……頑張るって、決めたから……」

撫子の声が引きつっている。その言葉は紅輔に向けてと言うよりも、自分に言い聞かせているように、紅輔は思えた。ぐ、と紅輔は拳を握りしめる。うまい言葉は思いつかないけれど、言いたい言葉が、喉元にまで浮かび上がってきた。

「……。今日は、頑張ろうとしなくても良い」
「え……?」
「負けたって良いから。間違っても、『勝たなきゃ』なんて思うんじゃねえぞ。今日は試合に負けて、勝負に勝てば良いんだからな」
「紅輔先生良いこと言う~。撫子、今日のぼく達は頑張っちゃ駄目だよ!頑張り過ぎてどこかの誰かさんみたいに向こうの動き忘れちゃったら元も子もないもんね」
「うーたーうー、それ俺のことだよなー!?」
「さぁ~?誰のことでしょうねぇ~?」
「うわっその言い方絶対分かってるやつだろー!うれうれ~っ」
「んに゛ゃっちょっと天翔ぼく今から試合なんだけどー!」

途中で口を挟んでからけらけらとじゃれついている天翔と歌雨をよそに、紅輔は撫子に向き直った。リラックスしたのか、先程より顔色が良くなっていて胸を下ろす。二人を見て笑っている撫子に、紅輔はぽつりとひとりごちた。

「だーめだ、やっぱ俺向いてねえわ。こういう励ましたりするの」
「そっ、そんなことないよ!!」

先刻の紅輔と同じくらい響き渡った強い大声に、大きく肩が跳ねた。紅輔はアイスブルーの目を丸くして瞬かせる。声の主は自分でも驚いているようで、数秒硬直した後あたふたとしている。

「な……撫子?」
「あ……あの……えっ、と……」
「あ。撫子、もう時間だよ。お話の途中非常ーに申し訳ございませんが、行こいこ」
「えっ、あ、うん」

撫子はこくこくと頷いて、歌雨の後を付いていった。紅輔は未だ呆けて立ち尽くしている。天翔がそっとその横に立った。

「すげー……撫子、あんな声出せたんだな」
「……知らなかった。俺冗談抜きで、心臓止まるかと思った」
「俺と歌雨もビクッてなって動き止まったくらい。やっぱりあいつ、すごいよな」

天翔は紅輔に、偽りの色のない爽やかな笑みを向ける。天翔が撫子のことを褒めたのも意外で、紅輔はもう頭が付いていけそうになかった。柵の中の出来事、撫子の大きな声と、天翔の褒め言葉。そうしているうちに、お互いのチームの女性が、フィールドの真ん中に集まりつつあった。
ハヤブサが言える立場ではないが、チームヘヴンもなかなか対極的な見た目をしている。ウェーブした派手な茶髪と、黒髪のストレートセミロング。厳格な雰囲気を纏っている黒髪の女性の隣で、茶髪の女性は苦く笑っている。

「私は一年目だからといって手加減はしない」
「アタシも、聖璃が負けちゃったから、ムズイかも……ってことでヨロシク」
「大丈夫ですよ、ぼくも全力で行くので」
「よ、よろしく、お願いします……!」

挨拶を交わした四人を見て、あれ、と天翔は首を傾げた。

「名前は?なんで言わねーの?」
「あれやったのお前くらいだろ。普通挨拶ってあれくらいらしいぞ」
「え!?名前言うのは大事だろ!?」
「……あー、天翔はもうあのスタイルで良いと思う、俺」
「対抗戦、チームハヤブサVSチームヘヴン。第二回戦、上地撫子・流麗歌雨VS神咲雲母・小星ヒカル。試合開始!」
「っと……始まったな」

緩んでいた空気が、一気に引き締められるのを感じる。一瞬でも気を抜けば飲まれそうな、ひりついた喉の感覚に、紅輔はまだ慣れなかった。

「雲母!作戦通りにっ」
「了解!」

二人は息を合わせ、雲母と呼ばれた黒髪の女性は歌雨へ、もう一人のヒカルは撫子へ素早く距離を詰める。歌雨は、ハヤブサとヘヴンの対抗戦が始まった時から左手に持っていたものに、すっと手をかけた。

「……ぼくの武器はこれで充分」

雲母は懐から、護身用だろうか、刀身が短い小刀を取り出し鞘を抜く。それを見て、に、と歌雨の唇がつり上がった。

「……なあ紅輔」
「何だよ」
「あれって、ペットボトルだよな?」
「誰が見てもそうだろ。てか、ちょくちょく飲んでたし……」

二人は目を合わせた後、もう一度歌雨へ顔を向ける。歌雨の手には赤いラベルが目立つ炭酸飲料のペットボトル以外、何も持たれていない。
軽やかに雲母が地を蹴り、歌雨との距離を詰めた。小刀の切っ先が光る。先の聖璃対天翔の勝負にはなかった緊迫感に、紅輔は喉を詰まらせ、息を飲んだ。吸う暇もない。
それでも――歌雨の口から笑みは一切消えなかった。

「さ、今日の武器は……コーラ味だよ!」

ギィン!と音を立てて、「刃物」が交わった。雲母の勢いが止まる。

「なっ……!」
「目には目を、刃物には刃物を……ってね……!」

ペットボトルの口から吹き出ている透明な刃は、合成着色料の茶色で濁っている。炭酸の泡が刀身を巡っている。しかし、それでもその刃は、間違いなく「刀」の形を作っていた。一時的に空になっているペットボトルが柄になりながら。
雲母は一瞬手が緩んだものの、能力者と戦ってきた経験か、すぐに押し返してくる。ペットボトルを握る歌雨の両手に、ぎり、と力が入った。

「よ……っと!」

歌雨はつばぜり合いを離し、素早く地面を蹴る。舞い上がった小さな身体は、ひねりながら雲母の上へと飛び越え、アクロバットに背後へと着地した。

「ふふふ、お姉さんみたいな真っ直ぐに来る人、ぼく得意かもしれないなー」

刀に硬化させていたコーラを、しゅる、と伸ばしてしならせる。即座に鞭だと理解した雲母は、届かない範囲へ身を引いた。

「……まさかこんな曲者が一年にいるとは、予想外だったな」

雲母のつぶやきは彼女一人以外、誰にも届かなかったが、柵の外の人間も思っている事は同じだった。
二人並んで見守っていた天翔と紅輔も、歌雨の能力の使いっぷりと身体能力に開いた口が塞がらない。

「あ……あいつ、こんなに強かったのか……」
「でも、歌雨ならなんか納得いくよな。パワーとかよりテクニックって感じなのも」
「そう、だな」

天翔の言葉に頷きながらも、紅輔は数日前の歌雨を思い出していた。暖かいカップを挟んで向かい合っていた喫茶店。

(……どこが『ホットミルク』だよ。激アツのコーヒーも良いとこじゃねえか)

つなぎなんてとんでもない。メンバーが一躍も二躍もするのに、不可欠じゃないか。紅輔はそっと息を吐いた。

「……おい、紅輔」

天翔の声のトーンが下がった。紅輔は考えて俯いていた顔を上げる。天翔の視線の先へと目を移した。そこにいたのは歌雨ではない。

「撫子!」

紅輔は思わず声を荒らげる。撫子は杖を支えにして、地面にへたりこんでいた。心なしか息が荒く、身体全体に力が入っているのに、動けていないように見えた。
しかし、撫子の正面にいるヒカルは、撫子と微妙な距離を置いている。出方を伺っている様子に、紅輔は疑問を抱いた。

「一体何がどうなってんだ……?」
「よく分かんねー。歌雨が戦ってる間に何かあったのは確かみたいだけどな」

ヒカルは後ろの様子も伺っているようだった。後ろには切り株に腰掛けている聖璃が試合を見ている。もう一人、天翔に警告をしていった黒髪の男性はいなくなっていた。

「うー……まさか、アタシの能力が意味なくなるなんて……でも、やるしかないっつってたし……!」
「っ、動け、ない……」

撫子の周りには、思い切りスプレーで吹き付けられた毒ガスが漂っている。ヒカルは動けない様子の撫子へと、駆け出た。
ザザ、と、地面に広がる砂が、静かに波打った。

「お願い、わたしの……代わりにっ、動いて……!」

こつ、と杖が地面へと打ち付けられた。そこから小さな穴が空くと、砂の粒が、湯水のように湧き出てくる。辺りから集められた砂が、撫子を守るように囲う。その半数は拳を形作ると、岩のように硬化し、ヒカルの身体を押し出すように弾いた。流れを断ち切ろうとヒカルは蹴りを入れようとするが、素早く細かい砂になった拳に傷を入れることも出来ない。

「んぶっ!!あ~っ!これ百パー無理だって!」
「……なるほどな!本人が動けなくなっても攻撃も守りも出来るのが、撫子の能力ってことなのか……」

だから、毒で身体が動けなくなっても、審判は試合を止めようとはしない。歌雨のものと違い、まるで意識があるように、撫子が操る砂は蠢いている。天翔は目を輝かせていたが、紅輔は息を潜めた。

「待て。あいつ……顔色悪いぞ」
「顔色?あ……本当だ」

言われて、天翔ははっとする。砂を使役する撫子の、杖を持つ手が震えている。

「もしかして、撫子の能力……砂を操るって言うより、あの砂を抑える能力なんじゃねーの?」

天翔の呟きに、紅輔は耳を疑った。

「抑える、って……能力って能力者が使うもんだろ?」
「そうだけどさ。……植物って生きてるって言うだろ。『生きてる砂』とか、あっても良いよな」
「それを、撫子は『従える』……?そんな能力があると思うのかよ」
「俺はありそうな気がするんだけどなー。どっちにしろ、まだ使いこなせてるようには見えねーけど。必死になってる。多分、さっきの俺みたいに」

天翔の眼差しは真摯なものだった。その横顔を見つめると、紅輔も、緊張が痛い程に伝わる。次は自分の番だという自覚も、同時に。
一方、鞭を振り上げて押している様子の歌雨が、撫子の方へ目を配ると、に、と口を吊り上げた。

「向こうも大丈夫、っぽいかな。意外と戦えてるじゃん、ぼく達!」

ひゅん、と茶色い鞭が唸り地面に叩きつけると、水滴の形をした鋭い粒が雲母へ飛び散り、腕をかする。近距離から中距離までこなせる器用さに、近寄ることが出来ない。雲母は伺うように動かしていた足を、静かに止めた。

「ああ、そうだな……。これが『個人戦』だったらの話になるが」

涼やかな風が吹き、フィールドにいる誰もが足を止めた。一瞬、時が止まったようだった。歌雨は背に冷や汗を浮かばせながら、目を凝らす。視界に映るのは、横に流れる黒髪と、そのすぐ傍にある、日に当たってきらめく茶の――

「……あっ!」
「ヒカルッ!!」
「雲母!」

相手二人の目と目が合ったその時、既にその位置は入れ替わっていた。お互いに、歌雨と撫子を伺うふりをして、不意をつくには充分な距離を詰めていたのだ。ヒカルは太股に付けられたホルダーから缶スプレーを取り出す。歌雨はすぐさまに駆け出した。

「ゲッマジ速ぁ!?ちょっ……れ?」

見た目以上のスピードを出す歌雨に、ヒカルのスプレーの狙いは定まらずに移動する。しかし、その先は、いつの間にか先程すれ違ったパートナーへと向いていた。


(砂が集まる前に、一気に片をつけてやる……!)

雲母はヒカルの戦いを思い返し、へたりこんでいる撫子の背後へと回り込む。前方を見るのもやっとな撫子の背は何よりも無防備だった。刀の持ち手を握ると、刀身ではなく、柄の方を振り上げる。

「終わりだ!」
「撫子っ!!」

その肩へと目がけて振り下ろした瞬間、一瞬の隙に、大きな弾丸が遮った。ガヅン、と鈍い音を立てると、勢いのままに、身体が横へと滑っていく。今のは、肩を殴った感覚ではなく、頭皮を髪ごと打った感覚だ。撫子はゆっくりと首を後ろへ回した。

「え……歌雨、ちゃ」
「その勇気は賞賛に値する」

目と鼻の先に突きつけられた刃に、歌雨は小さく息を詰まらせた。柄とは言えど殴られた頭がズキズキと痛む。砂の地面に寝そべっている自分は、どう考えても負けた人間の姿だった。はー、と、深く息を吐く。歌雨は鋭い目で見下ろす雲母へ、へにゃりと苦笑を返す。

「……これで助けられたら、かっこよかったんだけどなあ~……あーあ、終わったら飲むつもりだったのに、こぼれちゃったし……」

歌雨は首だけ回し、中身をすべてこぼしてフィールドの端へカラカラと転がってしまった空のペットボトルを見つめた。

「試合終了!二回戦はチームヘヴンの勝利!」




「いや~、ごめん!これでもわりと軽い毒だし治す薬飲めば平気平気!多分!ほいこれ!」
「あ……。は、はい」
「……。保健室には行かなくて良いのか?」
「んー?あーいや、大丈夫ですよぼく。これでも結構体丈夫なんでね」
「うわー、雲母そういう時は『思い切り殴っちゃってごめんねぇ、保健室に行った方が良いよ……?お姉さんが一緒に付いてったげる』って言わなきゃ!」
「誰がそんな気色悪い声で言うか!!」

終了後はワイワイと盛り上がってる女子勢に、天翔と紅輔は緊張しっぱなしだった全身を軽く解した。周りにいたギャラリーも時間が過ぎたせいかハヤブサが負けたせいか、少し減っている。

「やー、しっかし最後は予想外だったなぁ。まさか歌雨が撫子庇って終了になるとか」
「そうだな……」

紅輔は浮かない顔で頷いた。これからの自分の出番を思って、ではなかった。息を整えているうちに、撫子と歌雨が、二人並んで帰ってくる。天翔が右手を突き出した。

「すげー戦いだった!お疲れ!」
「うん、お疲れ様、天翔くん」
「ぼくもくたくたー。こんなに体動かしたの久しぶりだったよ」

疲れからか、ぱん、と元気のないハイタッチを交わす。撫子が歌雨のセリフを聞いて、おずおずと振り向いた。

「う、あ、歌雨ちゃん、あの時、わたし」
「だーから、さっきも言ったじゃん、庇っても庇ってなくても結果は一緒。ぼく達は向こうの二人が入れ替わった時点で負け決定してたの。ほんと、一杯食わされたなー」

ぐーっと伸びをする歌雨と紅輔が、不意に目が合う。明らかに先程よりも思いつめた顔になっている紅輔に、歌雨は右手を出した。

「はい。ちゃんと言われたことをこなすいい子でしょ?ぼくって」
「…………さんきゅ、歌雨」

再び、力なくハイタッチを交わす。歌雨は、やはりあの日の約束を覚えていた。

(あいつをサポートするんだ)

自分の戦いをするのも大変なのに、撫子のことをサポートするなんて、簡単なことじゃない。自分が言い出したこととは言えど、心が晴れやかになるはずがない。しかし歌雨は紅輔の言葉を聞くと、きょとんとしてから、笑顔になった。

「良かった、『ごめん』って言われなくて!言われたらぼく紅輔のこと今後一切信用しなかったかも。シャットダウンー」
「はあ?」
「ぼくがコーラこぼしちゃった意味、全部なくなっちゃうもん。ほら、次は大将なんだから、頑張ってきなよ」

ぽん、と歌雨は紅輔の背中を叩いた。――なんだか、またうまいこと歌雨のペースに乗せられてしまったような気がする。色々聞きたいことがあったのに、そう言われてしまっては、次の試合に集中するしかない。

紅輔は息を吸って、吐いた。
見えない柵の中で一勝をもぎ取っていた天翔。負けはしたものの能力を使い善戦していた撫子と歌雨。
提案したのは自分だというのに、みんな頑張ってくれていた。少なからず相手にも認められ始めている。紅輔は、向こうに見えるはずの、次の対戦相手を探す。

(ここでつまずいたら水の泡だ。……俺が、チームハヤブサを繋ぐ……!)

相手は、聖璃が座る切り株の隣に立っていた。保健室でもらった薬を聖璃へ放ると、黒髪が静かにたなびき、顔を上げる。

「!……」

紅輔の背筋に、電流のような寒気と恐怖が走った。痛々しく身体全体へ駆け巡る。そう、例えるなら、体の中をこじ開けられ、くまなく覗かれているような気分。
見られている、と、紅輔は感じた。必死に睨み返すと、彼はすぐに顔を背けた。ほっと息をつく暇もなく、膝が笑いだしそうになる。

「紅輔?どうかしたのか?」
「……どうもしねえよ。それより、フィールド入るのっていっ――!?」

声をかけられた天翔にぐん、と腕を引かれ、紅輔はつんのめった。体格のせいか、天翔の力には敵わない。肩に腕を回されると、紅輔はいつの間にか体を屈める状態になっていた。

「これで良いのか?歌雨」
「うん。OKOK、とてもよろしい」
「あ。あの、歌雨ちゃん、わたし、これ一回も、見たことないんだけど……これは何?」

左右から天翔と歌雨の声が聞こえたと思ったら、今度は正面から撫子の声が聞こえる。ようやく事態を理解した紅輔は、左右にくっついている肩に腕を回した。

「何って、これ、円陣だろ……」
「ぴんぽーん、流石紅輔先生ご名答だね」
「なんでこんな、急に円陣なんてやり出したんだよ」
「元気なさそーな人に一発入れるにはピッタリじゃん?」

にやにやと笑いながら、歌雨はぐいぐいと紅輔へ身を寄せてきた。撫子と天翔は何をしたら良いか分からず、二人の様子を伺っている。

「なあ、これ何をすれば良いんだ?」
「紅輔に応援の言葉を言えば良いんだよ」
「なっ……!」
「そっか!頑張れよ紅輔、最後だからな!」
「こ、紅輔くんっ、頑張って……!」
「…………~~っ、ちげえよバカ!!こういう時は誰かひとりの号令に合わせてオーって返すのが普通!!お前らこんな近くで純粋に言うなっ!!」

照れるから、と付け足したかったが、更に照れることが分かりきっているので、紅輔は口をつぐんだ。真っ赤になって唸りながら歌雨を睨むが、歌雨はニマニマと更に笑みを深めている。

「じゃー紅輔に号令かけてもらおっか」
「これぜっってえ、今から試合行く人間にやらせることじゃねえかんな……」
「良いから良いから、細かい事は気にしないのー」
「……。ハヤブサファイト、オー、で。揃えろよ」
「はーい」「おう」「うんっ」
「この時点で揃ってねえ!!!」

大声を出し過ぎて喉が枯れそうになる。紅輔はぜえぜえと肩で息をした。詰まっていた呼吸は、いつの間にかしっかりと出入りしている。ツッコミをしているうちに、さっきの出来事が、まるで夢の中の出来事のようになっていた。
紅輔はちらりと周りを見渡す。今だけは、向こうの敵も周りの観客も見えない。
これから何が起こるのかも分からない。もしかしたら、一瞬で倒されるかもしれない。その可能性はある。どう考えても只者の視線ではなかった。

(……けど、やるぞ)

間近にいる三人が、紅輔のやる気を奮い立たせた。ハヤブサのこれからのために、強さを獲る。買っても負けても、悔いのないように。

「ハヤブサファイトォーっ!!」
「おーーっ!!」



「……。たかが対抗戦だってのに、妙なやる気だな」
「あの子達にとっては大切な一戦なんだ。それくらい分からないお前じゃないだろう?」
「大切……。俺が大切なのは、アイツがこの俺に『シゲキ』を与えるのかどうか……それだけだ」

あくまでも、その言葉は戦場に落とされた絶対命令のように、鎮まっていた。銀の切っ先が輝く三叉槍を持ち、紫魔はフィールドに足を踏み入れる。

「何もない、ただの生きた抜け殻なら――お前を三十秒も待たせねえぜ、聖璃」