最長と最短

チーム対抗戦


「……花ちゃん、今なんて言った……?ちょっと、も、もう一回言って欲しいな……?」

優雅に休憩室の椅子に座っていた秀吉の唇が分かりやすく引きつった。ついでに右手に持つカップが、中に入った紅茶が溢れそうなくらいにカタカタ震えており、横にいた小雪がそっとカップを皿へと移動させた。それでも秀吉の手が降ろされることはない。

「二度も言わせんなよ面倒くせえな、だからチーム対抗戦の相手は在籍九年目のチームヒーロー4だ」
「く……九年目……」
「私らより八年も長いぞ……」

秀吉の横でスルメをかじっていた立夏も揃いも揃って世界の終わりが来たような顔をしている。小雪も小さく苦笑を浮かべる正面で、力強い拳がテーブルへがつん!と落とされた。

「この眼鏡忍者!あと立夏!!もしかしてビビってんじゃねえだろうな!?」
「び……ビビる!?この僕が!?流石間抜けの目には間違った情報しか届かないみたいだね!」
「私は嫌だ……金も出ないのにそんな強そうな奴と戦いたくなんかない……何とかならないのか?」
「こればかりは、完全にランダムで決められてしまいますからね~。わたくし達には少々酷ですが、力の限りを尽くしましょう?」
「俺はむしろこの時を待っていたぜ!」

自信に満ちた薫の叫びに、他の三人は顔を見合わせる。薫はきらきらと瞳を輝かせて、上空に掲げた拳を握り締めた。

「一年だからか何だか知らないけど、弱っちい敵ばっかりよこしやがって……こういう燃えるシチュエーションを望んでいたんだよ!!あーっ楽しみで仕方ねえ~っ!!俺一番最初で行くからな!」
「花ちゃん、君みたいな奴を何て言うか知ってる?クレイジーって言うんだよ」
「へ?クレープみたいでうまそうじゃねえか」
「もういいよ……ああ、勝てっこない……」

頭痛に苛まれながら紅茶を啜る秀吉の隣で、暗い空気を引き裂くように小雪が両手を合わせた。

「それなら、こうしましょう?先方を花道さん、次に風魔さんと鳥海さん、最後にわたくしにして、オーダーを組むんです……。お二人も、パートナーがいらっしゃった方が心強いのでは?」
「なるほど!流石小雪、頭が良いな!風魔はだいぶ心もとないがまあ許してやろう」
「僕は構わないけど、月ちゃんは一人で大丈夫?君はサポート的な能力だから二人の方が……」
「ごちゃごちゃ言うな眼鏡忍者!月影、それでオーダー組むぜ!サンキュー!」
「ちょ、花ちゃん僕の話……ちょっと!!」

薫は弾丸のように学院を駆け抜けて行った。完全にスルーされて取り残された秀吉は立夏にけなされ、小雪に慰められたのであった。



――――――


中庭の簡素フィールドを挟んで、両チームは向かい合っていた。相手に聞こえない程度の大きさで、秀吉がひそひそと薫に耳打ちする。

「花ちゃん、気を付けてくれよ。僕の予想だと犬飼兄弟の兄の方をぶつけてくるはずだ」
「まあ任せておけよ。兄ってあのでかいのか?」

薫は準備運動代わりに腕を振り回しながら、鮮やかに目立つ水色の髪をちらりと見やる。目があった長身は、肩を跳ねあげると小さく縮こまった。思わず訝しげに目を細める。

「あれのどこが気を付ける対象だぁ?」
「違うよその隣。サングラス付けてるでしょ?犬飼武蔵。何でもあのサングラスには秘密があって――」
「いや、だからあれも……」

薫は眉間に潜ませた皺を解こうとしないで、正面に向かってそっと指を差す。その先を追った秀吉も、同様の表情を浮かばせた。

「うーんチーム対抗戦なんて久々過ぎて確実に負けるフラグしか立たねえな~」
「お、お兄さま、あの、俺、」
「おーおー分かっとる分かっとる、あのヤル気満々の奴っしょ?怖いよな~よしよし、やる気スイッチオフにしたいくらいだけど身長はお前のが勝ってるからでーじょーぶ」

兄が弟を撫でている。字面だけ見れば普通だが、少なくとも対抗戦前にやることではない。秀吉は見たかったことにするようにして、咳払いをした。

「……がんばって花ちゃん」
「とにかく一回戦!行くぜ行くぜ行くぜーっ!」
「それーっ当たって砕けろー!」
「砕けてもしっかり戻ってきてくださいね~」

女子二人の声援に押されて柵を飛び越える薫を見て、チームヒーロー4の一人目も柵を跨いだ。

「こーちゃんファイトー!でも血はダメだよ!」
「無理はするなよ」
「そそ、厳しかったらすぐに帰ってきんしゃい。お兄さまがハグハグしちゃる」
「は……はいっ、でも、頑張ります……」

おそるおそるといった様子で、犬飼小次郎がフィールドに歩いてくる。しきりにキョロキョロと周りを見渡して、相手が薫だと分かった途端に顔を青くした。薫のこめかみがひきつる。

「話が違えじゃねえか眼鏡忍者ぁ……!」
「お、おかしいなー……?」
「対抗戦、チームヒーロー4vsチームストロング。第一回戦、犬飼小次郎vs花道薫。試合開始!」

何はどうあれ、対抗戦は始まってしまった。薫は自分より遥かに高い場所にある顔を見て、こっそり舌打ちしたのだった。