最長と最短2

「よ、よろしく、お願いします」
「……なんつー歯応えなさそうな奴と当たったんだ……」

薫は中庭の土に溜息を落とした。命懸けのスリルある勝負を望んでいた側としてはとんだ拍子抜けである。深々と礼をする小次郎を他所に、ぐるりと腕を回して、軽く地を蹴った。

「頭下げてる暇なんてあるのか、ああ!?こっちから行かせ――」

ぐ、と薫の喉が詰まった。前へ進もうとする体が押し出され、体も吐き出そうとした息も後退する。ごうっと耳元で風が唸った。舌打ちと共に受け身を取ると、一歩下がった小次郎が腕を振り上げていた。その手に武器はない。咄嗟に睨みを効かせる。

「おい、武器使わねえのか?俺も舐められたもんだな」
「……武器は、好きじゃない、ので。俺は、みんな使い、ません」
「へえ、奇遇だな。俺も今模索中で武器はねえんだ、拳と拳の語り合いといこうじゃねえか……能力と能力でも良いぜ」

にいっと不敵に薫が唇を歪める後ろで、秀吉が頭を抱えていた。

「手の内明かしちゃってどうするの花ちゃん……」



――――


「だああっ何なんだよ!!攻撃させろよ!!!」
「ご、ごめんな、さい……」

二分程経っても、勝負は何も進まずにいた。小次郎からは攻撃を仕掛けようとして来ずに、薫が殴りつけようとしたら風の壁に阻まれて拳が届かない。薫は柵に沿ってぐるりと回りながら小次郎と間合いを取った。

(あの風は何なんだ?あいつが起こしているって言うのか……?)

薫はじっと小次郎の体を睨みつける。小次郎は完全に手ぶらで、どこかに何かを装着している様子も見られない。不意に小次郎が地面に手をかざすようにして、左右に手を振った。バサリ、バサリと鳥が羽ばたく音がして、地面に無数の鷹の羽が積まれる。

「な、何だぁ……?」
「……よし」

静かに言葉が羽に落ちた後、ふ、と一人でに羽が浮いた。次々に浮き始める羽はあっという間に小次郎の周りに広がり、フィールドを覆い尽くした。片手を掲げた小次郎は、兵士を引き連れた軍師の如く腕を振り下ろす。

「行け……!」
「げえっマジかよ!?」

空に広がった羽が一斉に薫へ襲い掛かる。薫は炎を纏った拳を一発繰り出すが、数枚が焼け落ちただけで次々と体に羽が纏わり付いた。べたべたと張り付くそれは積み重なって段々と動かすのも重く、やがては鉛を身体中付けられたように自由が奪われていく。

「くっそこの、」
「こ、降参して、ください」

最早羽を纏ったミノムシになった薫へと、小次郎がそっと歩み寄る。体の重さに耐えきれなくなってフィールドに倒れた薫を見兼ねて、審判が口を開いた。

「試合終――」
「ちょおっと待ったぁあああ!!!!」

ぼおっ!と豪炎が薫を包み、真っ赤に染まる。炭になった羽が薫から剥がれ落ちて、薫のシルエットだけ炎の中に映し出される。

「これで終わりだと……!?馬鹿野郎!!むしろゾクゾクしてきたところだってのに……!」
「あ、ああ、あの、だ、大丈、」

炎の中からの声に思わず顔を近付ける小次郎だが、瞬間、頬に焦げ付く熱を感じて柵に叩きつけられた。ぐらぐらと不自然に視界が揺れる。痺れたように痛む頬を拭うと煤が付いていた。

「お前もお前だ!降参もしねえし敵に情け掛けてんじゃねえよ!……さあ、立ってみろ」

立ち上がろうとする小次郎の足に、何かが「這いずった」。不気味な感触に体を強張らせると、緑の細長い蔓が手首と太ももをきゅっと締め付ける。慌てて左右を確認すると、小次郎が座り込んでいた地面から五本程の蔓が飛び出している。更にその横から生えたそれが小次郎の胴体に巻き付き始めた。

「う、わ……っ!」
「へへ、さっきの攻撃出来なかった間に種を蒔かせてもらったぜ。これでお前はただのサンドバックだ……火もつけちまえば火だるまになるだろうな、どうする?降参するか?」

蔓を降ろして無理矢理目線を合わせると、すっと目を細める。小次郎は一度目を閉じて深く息を吸うと、炭になった羽の山を強く強く睨み付けた。

「い、……嫌、です!」

力強い叫びに呼応して、炭の山から二枚の羽が飛び出した。風を切って小次郎の元へ飛んできて、鋭く蔓を一閃する。小次郎が自由になったタイミングを見計らって薫が掌に炎を纏わせる。

「おらぁあああ!!!」
「……!!」

鋭く尖った羽が薫の手に赤い線を作った後に力なく焼け落ちた。

ガツ!!と鈍い音がフィールドに響いて、静かになった。

肩で荒く息をする薫は、血だらけの手で汗を拭う。浅くとも切り傷が入った範囲は広く、フィールドを赤黒く汚した。

「……歯応えねえってのは撤回してやる。なかなか楽しかったぜ」

目の前で気を失っている小次郎を見下ろして、ふ、と満足そうに微笑んだ。



第一回戦 勝者花道薫

(今度あいつのメルアド聞き出す)(手荒なことして怯えさせないと良いけどね、花ちゃん野蛮だから)(チキン南蛮?)(もういいよ)(花道さん、手当は大丈夫なんですか……?)