最長と最短3

一回戦が終わってから、両チームは束の間の休息を取っていた。柵の周りで砂に絵を描きながら作戦会議をしていた薙と知子は、席を外していた武蔵が戻ってくると、同時に立ち上がる。

「武蔵、小次郎は?」
「医務室ですやすや~とおねんねチュー。傷は火傷がちょっとあるけど大したことねーってさ」

「おねんね」の手振りをして余裕そうな態度に、二人してほっと息を吐いた。知子がにこにこと笑う。

「良かった~。こーちゃんがんばってたもんね!」
「ああ。後で労ってやらねば。……武蔵」
「なにさ?」
「…………対人戦で傷付くのは当たり前だろう、そんなに相手を睨むな」

呆れ返った薙の言葉に、武蔵はぎくりと肩を跳ねさせた。フィールドの向こう側にいる相手からさっと顔を背けると、誤魔化すようにぴーぴーと口笛を吹く。

「あれれ~?い、犬飼くんったらそんなに熱烈な視線送っちゃってました~?」
「痛いくらいにな。見ろ、向こうはまだ一年目だ。震え上がってしまった」

先ほどの少年やのんびりした少女はともかく、今から戦うはずの二人はすっかり足が竦んでしまったようだった。薙はそっと向こう側に頭を下げる。

「……だって……」
「ん?」
「だって!だってぇ!犬飼悪くないもん!向こうが悪いんだもん!!小次郎は負け多いけどさあ気まで失ったの久しぶり過ぎだべ!?俺は悪くねえ!俺は悪くねー!」
「22にもなってぶりっ子は気持ち悪いぞ」

真顔ですっぱりと放たれた言葉に、武蔵は胸を痛めた。静かに涙を流し胸を抑える。

「うっ、ひどい……犬飼ピチピチの成人済み……」
「お前は次。今は見守っていろ。俺と知子がまずは一勝をもぎ取って来る」
「そーだよむっくん、ナギとチコが組めば最強だもん!」

ねー!と笑いかける知子に、薙は力強く頷いた。

「じゃあいってきまーす!」
「あーい……ひとりで応援寂しいなあ」

知子が元気よく振る手に振り返しながら、武蔵はぽつりと柵の外にひとり取り残され、背中を丸めるのだった。

一方で、戦闘の場に足を踏み入れたチームストロングの二回戦代表は、既に顔色は悪く、歩む足は震えていた。

「風魔……これは私ら、非常にまずいのでは?」
「まずいどころの騒ぎじゃないって!ああもう花ちゃんのバカ大バカ~……本当どうしてくれるんだよ、向こう余計にやる気出しちゃって……」
「悪い!!まあ頑張れ!!!」
「そんなにあっさり言われても嬉しくも何ともないから!!」

ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる横で、小雪はどこから取り出したのか、お子様ランチに立っていそうな旗をのんびり振っていた。秀吉からどこから取り出したのそれ、と案の定ツッコミが飛んだ。
いい加減話が進まず、審判の睨みを感じ、四人はフィールドの真ん中まで足を進めた。白線の前に並ぶ。

「対抗戦、チームヒーロー4vsチームストロング。第二回戦、風魔秀吉&鳥海立夏vs猿渡薙&雉間知子。試合開始!」

審判の声と共に、全員が白線から勢いよく飛び退いた。誰一人特攻がない様子に、薫が渋い顔をしているが、秀吉も立夏もアイコンタクトに忙しい。秀吉は懐から茶色の細長い棒を取り出した。

「チコ、手筈通りに。下がっていろ」
「うんっ」

薙は素早くしゃがむと、地に両手を付け、意識を集中させる。一瞬後にぐっと拳を握ると、歯を食いしばった。両腕を上げ、「ぶん投げる」。

「まずは……小手調べだ!」
「へ?」
「えっ」

立夏が背に蜂の羽を生やして飛び上がろうとした瞬間、頭上に何かの影がかかった。影は大きいが、見上げた空にあるものは小さく、多数のひとつひとつうごめいている。――その黒い雨を理解した時、二人は凄まじく青ざめた。

「ぎゃあああああああ!!?」
「うわあああああああああ!!??」

バケツをひっくり返すような雨の如く、一点に大量に降り注がれたのは、地中に軍をなして巣食う蟻だった。ロケットスタートで走り出した立夏と秀吉の前に、ぱっと知子が現れる。

「すきあーり!アリだけに!」
「んにゃっ!?」
「わわわ!」

知子の両腕が素早く太い鞭のような蔓に変化すると、二人の腰を巻き上げ数センチ持ち上げる。

「チコ、寒い」

薙は予想していたかのように既に走り出しており、秀吉に向かって脚を振り上げる。咄嗟に秀吉は右手に握っていた棒を上へと振るった。

「まっ、守れ!!」

ボゴ、と大地が砕かれるような音と共に、薙の視界が遮られる。脚は引っ込められ、薙は距離を取った。地面から取り外されたような岩の壁が目の前に浮いている。

「よぉし!良いぞ風魔ー!きゃー秀ちゃんかっこいいー!」
「ちょっとあのうるさい!黙って!そのまま潰す!」

秀吉は下へと素早く振り下ろす。浮遊する岩は知子の腕である蔓へ向かっている。薙は声を張り上げた。

「チコ!解け!」
「うっうん!」

知子は植物化を解き、巻き込まれないように飛び退く。開放された秀吉と立夏は一斉に行動を開始した。
立夏は空へ飛び上がり、黄色いクラッカーを用意する。秀吉は空いた手に水色の指揮棒を持った。

「天へ集まれ!」

指したその先から、黒いモヤのようなものがもくもくと集まっていく。薙は素早く秀吉へと走り出した。

「援護を頼む!」
「はーい!」
「させるか!」

秀吉は再び岩を動かすが、一瞬目の前を自らが動かす岩が通り過ぎた時、目の前に走っていた薙はいなくなっていた。

「えっ、き、消えた……?」
「秀ちゃんしゃがんで!」

薙は空へ高く飛び上がり、秀吉の背後へ着地をしようとしていた。空から見ていた立夏はクラッカーの紐を勢いよく引く。ぱあん!と強烈な破裂音が鳴り、圧縮された電気の塊が飛び出した。しかし薙へと届く直前、緑色の薄い壁が遮った。電気が弾ける。

「ちょ、ちょっとびりっとしたけど……植物は電気を通しにくいんだよっ」

腕を蔦に、手のひらを大きな葉に変えた知子は、右腕を高く伸ばして薙を守っていた。薙は静かに着地をすると、今しがた振り返った秀吉へ足を振り上げた。

「い!?いつの間ぶぐふっ!」

腹に綺麗に薙の長い足が入った秀吉は、勢いで背後にあった自分の岩へ全身をふつけ、力尽きたように倒れ込んだ。操っていた岩が砕け散る。

「……悪い、力を入れすぎた」
「ふ、風魔ー!死ぬなーー!!」
「し、しんで…………な…………い」

勝負あり、と審判が声を張り上げる。
昇天しかけながらも立夏に反論を試みる秀吉に、一年目のヒョロい感じにしてはタフなやつだと、薙は感心したのだった。

(第二回戦、勝者猿渡薙&雉間知子)