最長と最短 終

「なあ~~に一発蹴られたくらいでバテてんだこの貧弱忍者ああああああ!!」
「一発蹴られたくらいって!?じゃあ花ちゃんもあの人に蹴られて来てよ!めちゃくちゃ痛いんだからね!?」
「いや~蹴られたのが私じゃなくて風魔で良かった……」
「りっちゃんぶっ飛ばすよ」
「風魔さん、お怪我の程は医務室へ向かうほどではありませんかー?」
「ああうん、大丈夫。立って歩けるくらいだし」

柵の向こう側にいるチームストロングがワイワイガヤガヤしている間、チームヒーロー4はあっちへうろうろこっちへうろうろと忙しいようだった。約一名が。

「小次郎がまだ帰ってこねえ~……」

サングラスの隙間から涙が零れそうな泣き言に、薙は青筋を浮かべながら呆れたように目を細めた。

「まだ運んでから二十分も経っていないだろ」
「俺そんなに傷の確認してなかったけどもしかしたらもしかして意外と治療に時間かかる傷だったのか~……?そうだったらこれから俺の戦闘なのに戦力五割減なんだけどマジ無理やる気スイッチ消失だしモチベ下がり」
「やかましいっ!!さっさと用意をしろ!」
「ふぁ~い」

武蔵は肩を落としながら、トボトボと柵の中に入る。一応は最後の戦いなのだが、向こう側の女子もにこにこと人の良さそうな笑みを浮かべて柵の中に入ってきた。薙はすぐに殴られなさそうな様子に安堵する。その瞬間、薙の袖を軽く引かれた。

「……薙さん……」

背後から聞こえた弱々しく小さな声に、薙と、横にいた知子は素早く振り向いた。そしてほんの小さな声のはずなのだが、薙より素早く武蔵が振り向いた。鮮やかな金髪がひらめき、一瞬にして薙の背後へ移動する。

「小次郎~!おかえぶっ!」

ごん!と鈍い音を立てて、武蔵の脳天に拳骨が落とされた。薙は真っ直ぐ審判へと指をさす。

「試合」
「え~ちょっぴり話するだけだって!一瞬!な?小次郎」
「は、はい、お兄様」
「こーちゃんおかえりーっ。包帯だいじょーぶ?」

知子は小次郎の頭に巻かれた包帯が目に入った。不安そうに首を傾げると、小次郎は微笑んで頷く。

「大丈夫、です。その、後に残るとか、ないみたいで……」

武蔵はほっと胸を撫で下ろす。泣きそうだった表情はどこへやら、次の瞬間には戦意に満ちた顔付きへと変わっていた。右手で狐の形を作ると、小次郎の額にちょんとキスをさせる。

「ちっとだけ待ってな。お兄様すぐ戻る」
「!……はい」

小次郎が安心して頷くと、武蔵は踵を返して審判の元へと向かった。意気揚々としているのは結構だが、試合開始直前に柵をむやみに行き来されては困ると注意を受け、縮こまっている。その締まらない背中に薙が呆れていると、小次郎がそっと隣へ寄ってきた。

「薙さん。……俺……」
「ん?」

小次郎はしばらく言いよどむと、俯いたままぽそりと呟いた。

「俺、もっと、お兄様に迷惑が、かからないように……なりたいです」
「……。難しい話だな。あいつは過保護の極みだ、迷惑をかけていると言うより勝手に武蔵の中で心配が積み重なっているだけなんだろう。……強くなりたいという話なら、いつでも付き合うぞ」
「は、はい」

ぱっと小次郎の表情が明るくなったのを見て、薙は優しく微笑んだ。注意も終わり、柵の中央に漂っている空気がピンと張り詰める。

「それでは、第三回戦試合開始!」

高らかに審判の声が響く。小雪はすぐに片手を振り上げた。

「行きます!」

空気が凍る硬質の音が鳴ると共に、小雪の頭上に氷柱の大群がみるみる出来上がっていく。武蔵は顎を撫でながら息をついた。

「ほーん、氷の遠距離ね」

ふんふんと余裕そうに頷いていると、向こうのメンバーの表情が訝しそうに変わっていく。あっという間に鋭く尖った氷柱が出来上がり、武蔵目掛けて風を切る。尖った透明な剣が目前へ迫った。
武蔵はゆっくりとサングラスを外した。垂れた赤い目が光る。

「ま、とりあえず燃やせば問題ないっしょ」

ごおっと風が唸り、真っ赤に燃え盛る壁に包まれた。氷柱は全て地面に落ち、水の一滴も残さぬよう蒸発しながら燃え上がっている。わあ、と小雪の呑気な声が武蔵の耳に届いた。

「すご~い、一瞬で全部燃えてしまいました」
「すごいでしょー。犬飼これでも能力者やってますから……っと」

炎を挟んでのほほんとしている二人だったが、武蔵は懐からダーツを二本取り出すと、その先端を見つめる。鋼の先端部分だけに火がつくと、武蔵はサングラスをかけ直した。

「じゃ、一瞬だけ味わってもらいますか」

武蔵はダーツを投擲すると同時に駆け出す。先端の炎は風に吹かれても消えることなく、一瞬のうちに小雪へと迫る。小雪は逃げるように右手へ回ろうとするが、その目の前を赤い光が勢いよく横切った。

「きゃっ――」

足がもたついたところへ、小雪は勢いよく右腕を引かれる。背中に叩きつけられるような衝撃が走り、息が詰まった時には、首元にヒヤリとした感触が当てられていた。火が付いていないダーツの先は冷たく鋭い。水色のメッシュが入った前髪が頬にかかりそうだった。

「ほいおしまい。お疲れ様でしたっと」
「試合終了!第三回戦、チームヒーロー4の勝利!」
「うーん、犬飼ともあろう者がちと手荒だったかね。大丈夫?立てる?」

思いきり地面に押さえてしまった状況に、武蔵は小雪の上から退くと立ち上がる。小雪はその手を取ると、にこやかに笑いかけた。

「まあ、紳士的なお方なのですね~。ありがとうございます」
「んや、これくらいトーゼン。これでもヒーロー目指してる身ですから」
「ふふ、だからヒーロー4なのですね?」
「そそ、面白いっしょ」

「おい!お前!」

武蔵の背後から聞こえた声に、柵の中にいた二人はそろってそちらへ目を移す。試合が終わったということで、薫達がぞろぞろとヒーロー4側へ移動してきていた。薫はスマートフォンを出し、高い身長の小次郎を見上げながら詰め寄っている。

「態度はアレだけど戦えるじゃねえか、またやろうぜ!だから連絡先教えろよ」
「え。あ、お、俺で、大丈夫ですか……?」
「むしろお前以外と交換する気がねえんだって。ほれほれ早くしろ」

「さっきは腹を蹴ってしまって悪かったな。具合はどうだ」
「あー、歩けるくらいなんでそんな支障ないです」
「チコが包帯まいてあげよっか?ぐるぐるーって」
「やめといた方がいい、風魔はこう見えて筋肉がなくて巻きがいがないぞ」
「あの真顔で変なこと言わないでくれるりっちゃん被害被るの僕」

「皆さん楽しそうですね~」

和やかな空気が流れるそこに向かって、武蔵はちょいちょいと指をさした。きょとんとする小雪に、武蔵がにっと口端を釣り上げる。

「犬飼達も皆さんになりに行くかい?お嬢ちゃん」
「まあ、それは良い提案ですわ」
「んーじゃ行きましょっか!お疲れさん!」

改めて武蔵が手を差し出し、握手を交わす。そうして二人は仲間が集まる場所へとゆっくり歩いていった。――はずなのだが、薫が小次郎の肩に手を置く光景を目の当たりにした武蔵は、一目散に駆け出して行くのだった。


(俺の弟に手出しする悪い子は誰じゃあーーー!!!!)(うぉぉあ!?おい小次郎、お前の兄ちゃんなかなか豪快な性格してんだな……)(あーっ馴れ馴れしく名前呼びまでしてるぅー!ずーるーいー先生に言いつけてやるぅー)(あの、あれは一体何なんですか)(ただのブラコンだ)