05

気まずい空気が流れていた。……否、気まずいのは聖璃のみで、横に座る紫魔は平然とした様子だった。

「じゃー、まずは名前だけでも言っとく?アタシら初対面だし」

聖璃の内心を知らぬチームメンバーのひとりが、けろりとした顔で口を開いた。その横に座る黒髪の女子は、むっつりとした顔で頷く。紫魔は目を瞑り、耳を傾けもしていないようだった。――既に、聖璃は我慢の限界だった。

「紫魔。彼女がこう言ってくださっているだろう」
「お前が今言ってくれただろ。だから俺はもういい」
「それに!机に足を乗せないでくれ。……家から離れた途端、どうしたんだ……?」
「正真正銘の自由を手に入れたんだ、活用しねえ手はないだろ」

紫魔と聖璃のやりとりに、正面に座る茶髪の女子は目を丸くした。

「あれ?……ねえ、アンタらもしかして、知り合いだったり?」

その問いに、聖璃は苦笑を返した。
お互いに力を高め合おうと朝に決意を交わした直後、チームの編成を見て、聖璃はひっくり返りそうになった。天道紫魔と天道聖璃の名が、並んでそこにあったのだから。チームで集まった後に、自由時間を使い休憩室でテーブルを囲ったのも束の間。紫魔が先ほどからの態度の悪さで、聖璃は身を縮める思いだった。
人形のような紫魔の生き生きした姿を見たいとは常常思っていたが、こうもいきなり変わられると聖璃が戸惑ってしまう。

「僕と紫魔は双子なんです」
「双子ぉ!?ウッソ!?全然似てないじゃん!」
「世の中には、似ていない双子もいますから……」
「や、それにしたってちょーっと無理あるんじゃ……?」

怪訝そうにまじまじと見られ、聖璃は身を竦めた。黒髪の女子も、言葉は発していないが、聖璃と紫魔を交互にじろじろと見つめている。居心地を悪くしたのか、紫魔が機嫌の悪そうにふんと鼻をならした。

「俺は養子だ。文句ないだろ?」
「ヨーシ……?ああ!分かった分かった、つまりあれな訳っしょ、血は繋がってないってやつ!」
「そういうことに、なりますかね……けれど、僕の双子であることには変わりないです。僕は天道聖璃、そして横のこいつは天道紫魔といいます。お二人共、これからよろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げた直後、息が詰まるような音が、正面から聞こえた。

「天道……?貴族が養子を取ったのか?」

今までほとんど聞き覚えのない声だった。聖璃が頭を上げると、黒髪の女子が信じられないとでも言うような顔をして、聖璃を見つめていた。聖璃は不思議に思いながらも素直に頷く。

「ええ……僕が8歳の時、名前も家もなかった紫魔を家に招いたんです」
「なっ……そんな素性も分からない人間を拾ったのか!?召使いにするならまだ分かるが、家の兄弟にするなど私は聞いたことがないぞ!」

がたん、と椅子を倒す勢いで立ち上がった女子は、その場が静まったのを見かねて座り直した。小さく咳払いをする。

「すまない。……あまりにも類を見ないことでつい……。私は神咲雲母。男と話す気は毛頭ないが、必要最低限のことなら仕方はないと思っている」

神咲雲母。彼女の名前を聞いて、聖璃の頭にひらめくものがあった。その言い分に構わず、思わず口を開く。

「神咲……。神咲家も、貴族ではありませんでしか?」
「…………ああ。私は女として誇り高くあるために、この学院に来た」

聖璃が問うと、雲母の声のトーンが一気に下がった。嫌そうな顔を隠しもしない雲母に、聖璃ははっとして、頭を下げた。

「あ……申し訳ありません。男性と話はなさらないと申された直後に……」

聖璃の本当に申し訳なさそうな様子に、雲母はきょとんとした。それから、慌てて顔をよそへ背ける。

「わ……分かれば良い」
「しかし、それに関わらず僕の問いにきちんと受け答えをしてくださったなんて、貴女は優しいお方なのですね」
「はあ……!?」

雲母の顔が一気に茹で上がった瞬間だった。そのまま思い切り立ち上がった時、彼女の座っていた椅子は後ろへと吹っ飛ばされた。

「ふっふざけるな!!私が……や、優しいだと!?」
「えっ……は、はい……」

ぐんと雲母の顔が近付いて、思わず聖璃は後ろへ身体を反らした。混乱しながらも聖璃は困ったように眉を下げる。

「……申し訳ありません、何か気分を害するようなことを言ってしまったでしょうか……?」
「が……害す……も、もういい!それよりそこの貴様!」

雲母は鼻息を荒くしつつ、一寸の狂いもなく、未だ名の知らない進行役だった人間を指をさした。

「げっ!?この流れでアタシ!?」
「まだ名乗っていないだろう!その名をここに名乗れ!」
「あ……アッハハぁ……なーんかトンデモチームに入っちゃったっぽいアタシ……」

ふわふわにカールした髪を掻き分けて頭を掻いた後に、ぱちりとウインクを決める。

「アタシ小星ヒカル。こせいがひかる、って書いて、小星ヒカル!ど?分かりやすいっしょ?」
「ふふ、それは分かりやすいですね」
「でしょー!?うっわマジ話分かる!もーさ、いまだにこれ言って分かりやすいって言われたことないんだよねー!」
「そ、そうなんですか……」

がしい!と力強く聖璃の両手が握られ、上下にぶんぶん振られる。ヒカル本人からすれば握手かもしれないが、パワフルなそれに、聖璃は後ずさりそうになった。どうにか解放されると、ヒカルがあっと声を出す。

「思い出した!アタシらチームの名前決めないとヤバいんじゃね!?」
「……そういえば、そんなものがあったな。チームのリーダーも決めなくてはいけないんだったか」

雲母は言いながらぐるりと周りを見渡して、机に足を乗せたまま欠伸をかみ殺す紫魔に目を止める。露骨に眉間に皺を刻んだ。

「リーダーは、やつは反対だな」
「あ?……リーダー?興味ねえ、好きにしろ」
「こら、紫魔。……僕もリーダーは辞退します。まだそのような器になれていない、未熟な者ですので」

男二人が辞退して、女二人は顔を見合わせた。コンマ何秒の差で、素早くヒカルが口を開く。

「あっアタシやだむり!つかリーダーとかやったことねーし!学習係も嫌だったってのに!」
「ならば私で良いな?」

異論は何もなかった。実質消去法だったが、雲母はどこか誇らしげだった。

「私でリーダーが決まったところで、後はチーム名だな。小星、何か良い案はあるか?」
「名前で良いってチームなんだし。アタシこーいうのセンスないからなあ」

うーん、と頭を悩ませる二人に、聖璃はそっと口を挟んだ。

「何か目標となるものを名前にしてみるのも良いかもしれませんね」
「目標ー?チーム討伐団?」
「それは安直だ」

ヒカルの意見をすっぱりと雲母が切り捨てると、紫魔は机から足を下ろして腕を組んだ。

「頂点。……目標なんざそれしかない」
「ちょーてんってどこの?」
「生物」
「せ……」

あっさりと飛び出たスケールの大きさに、ヒカルは言葉を失った。

「俺は強い奴を探してここへ来た。魔物か動物か、はたまた人間か……関係ないぜ、俺にはよ。シゲキがあれば良い。討伐団なんて目標にもならねえのさ」
「……頂点……」
「頂きに登る者は数あれど、その上に行くほど実力は上がる……当然だろう?」

紫魔は静かに目を細めて、喉を鳴らした。ヒカルは不満そうに口を尖らせる。

「じゃあチーム頂点?なんかダサくね?」
「……では、チームヘヴン、というのはどうでしょうか?」

控えめな提案だったが、聖璃は三人から一斉に視線を浴びた。六つの目にしかと見られたが、聖璃は内心の動揺を落ち着かせる。雲母が小さく唸った。

「ヘヴン……普通に考えれば、天国という意味だが……」
「天国は名の通り、神々が住まう天の国です。生物の頂点に立つには丁度良いのではないでしょうか?」
「んー、チームの名前としてもチーム頂点よりピシッと来るってかチームっぽいよなー」

ヒカルはうんうんと笑顔で頷いている。ほっと胸をなで下ろす聖璃を横目に、紫魔の脳裏に一ヶ月前の聖璃の真摯な声が過ぎった。

(存在し得なかった天使となり、ルシフェルがサタンとなる時、天界へ引き上げられるように……。お前が道を逸れる時、必ず僕が止めるんだ)
(天界――天国……聖璃……無意識の内にあるお前の『目標』か……)

紫魔は誰にも見られないよう、俯いてヒッソリと微笑んだ。それから息を吐き、正面の二人を見つめる。

「賛成だ。……異議は?」
「ないでーっす」
「…………」

雲母は無言で首を横に振った。男と口をきく気はないというのは、どうやら間違いではないらしい。紫魔は聖璃へと視線を移した後、もう一度目を瞑って腕を組んだ。「後はよろしく」と受け取った聖璃は、正面の二人に向かって微笑む。

「では、リーダーは神咲さん、チーム名はチームヘヴン……ということで、よろしくお願いします。後は……紋章だけききましょうか。神咲さんと小星さん、能力は何ですか?」
「赤と黄。赤は傷から発火させる能力、黄は磁力を操って物を引き寄せたり遠ざけたりする」
「アタシは何もなし。何とかなるかなー!とか思って!」

あははー、と笑い飛ばすヒカルの横で、雲母が恨めしそうに見ていた。聖璃は相槌を打つように頷く。

「なるほど……黄は幅がききそうで、良い能力ですね。小星さんも、その前向きなお気持ちを頼りにさせて頂きます」
「もーじゃんじゃんまっかせて!?アタシそんだけしか出来っこねーし!で、聖璃と紫魔は?」
「僕は青……水を与える能力です。それから緑、無機物を何らかの植物に変える能力ですね」
「青と水色。水分を奪う能力と、真空……空気がない膜を作る能力だ」
「へー?聖璃と紫魔って全っ然似てないくせに青の能力は似てんだね」

能力を聞いて驚いたのはヒカルだけではなかった。紫魔と聖璃もお互いに顔を見合わせる。

「……そんな能力だったのか」
「僕も……今初めて聞いて驚いたよ……本当の双子のようで嬉しいな」

聖璃の言葉に、紫魔はそうだな、とぼんやりとした言葉を返しただけだった。
自由時間もほどほどに、顔合わせは終わりになり、寮へと向かうために二人と別れる。なんだかんだ賑やかな二人と離れて、途端に空気は静かになった。平和な日差しがさんさんと降り注いでいる。

「チームヘヴン、賑やかなチームになりそうだ」
「小うるさいの間違いじゃなくてか?」
「紫魔。……まあ、お前はどちらかと言えば静かな方が好きだからな……チームの仲は僕が取り持つように努めるよ。神咲さんと話せるようになるには時間がかかりそうだけれど……」

思わず苦笑が漏れる聖璃を、紫魔はあざけるように一瞥した。

「へえ。怖気付きでもしたか」
「まさか。これくらいで諦めたら、強くなんてなれないさ。今日から新しい日々が始まるというのに……」

聖璃は木漏れ日を落とす街路樹を見上げ、すう、と一回深く呼吸をした。

「紫魔。……やっぱり、今ここにいても、僕は思うんだ。例えお父様から反対され、押し切った結果が今だとしても、後悔は何一つないと……。これが……いつか天道家の人間として間違った進み方だと、周りから非難されたとしても……」

日差しを浴びて、柔らな金色の髪が眩く煌めいた。宝石では例えられない、輝く翠の瞳は、まっすぐに前だけを見つめていた。

「あの日、あの時、あの炎の町で……お前と出会って双子になったのは、決して間違いではなかった。お前のおかげで僕は……自分に出来る事を探すきっかけを掴むことが出来たのだから。僕は今までもこれからも、あの日のあの時を、一生忘れないよ。僕の双子」

聖璃の言葉は、何者にも負けない決意がみなぎっていた。紫魔も木漏れ日を落とす木々を見上げる。空は青々と清々しく、新たな道を進む若者を出迎えていた。
家と名をすべて失ったあの日に掴んだ手は、地獄の底から天国まで紫魔を引っ張り上げ、そうしてその後自ら地獄へ赴く腕をもう一度掴んだ。ただの一度たりとも、諦めることはなく。

「ああ……そりゃ良かった。俺も感謝はしてるぜ?聖璃。お前のおかげで、俺はシゲキを手に入れる方法を知ったんだからなぁ……お前が忘れないなら俺も忘れはしねえよ。俺はお前より頭が良いらしいからな……。なあ、俺の双子」

紫魔の不敵な笑みに、聖璃は喜びの笑みを返した。若々しい青葉のような道を、今日、二人は歩き始めた。
これは物語の最初へと向かう、始まりへの物語。ただの昔話のようで、二人の胸の内へと鍵をかけられ秘められた、信念への物語――……。


long story fin……?