EX.3

光を無くした路地裏は、随分と久しぶりの感覚だった。街灯もなければ看板の明かりもない、細い路地裏に、紫魔はひとり佇んでいた。左目が開かない感覚は早くも慣れてきている。それでも、聖璃が横たわった瞬間に襲った血液が凍り付く感覚は、未だに紫魔の指先を麻痺させていた。

「いるんだろう。……お前の好きな場所を選んでやったんだ、出て来いよ……ジジイ」

こつり、と、足音が響いた。ヨレヨレの帽子を深く被った人影が、紫魔の後ろからゆっくりと姿を現す。紫魔は唇を吊り上げ、体を振り向かせた。

「よう。変わらねえな、ジジイ」
「お前は随分と変わったじゃねえか……あの、本郷猛がよお」

ぴく、と紫魔の片眉が上がった。笑みは口元にたたえたままで。

「人の名前は間違えるなよ。この俺は天道紫魔。本郷猛は死んだのさ……十三年前にな」
「あぁ?その割にはお前の中に残っているようじゃねえか、猛よ。『シゲキ』を求める野生と、すべてを記憶し見極める聡明。まごう事なき天才だぜ」
「何が言いたい?……ジジイ、話は手っ取り早く行こうぜ」

紫魔は小さく肩を竦めた。瞬間、暗闇に赤く瞳が鋭く光る。見る者を貫かんばかりの殺気と敵意が纏っている。

「今日の襲撃――テメエだな」

低く落ちた声は、殺しきれない怒りが滲み出ている。それを受けて、対面する彼はくつくつと笑いながら帽子を目深に被り直した。

「よく分かったじゃねえか……ああ、その通りだ」
「昔、一度だけ……その帽子の下に、赤と水色のグラデーションの紋章を見たことを思い出したんでな……。俺を試すような攻撃にピンと来たって訳だ」

紫魔は浅黒い拳を、腿の横でグッと握り締めた。

「何故聖璃を襲った。……テメエの元へ行かねえような不良品があるなら、それを始末すれば済む事だろうが……!」

暗闇に小さな炎が灯る。紫魔の訴えを聞いてもなお、悠々と煙草を付ける彼のライターの炎だった。白い煙が二人の間に吐き出される。

「……ほう。俺の計画にも気付いていたのか」
「テメエは最初から俺を仕上げようとしていた。学校へ行く気がなかった俺を天道家に入れる事で教育を受けさせ、六年前……魔物が出る位置を俺に教えることで、戦わせて覚醒させようとした……さしずめ戦いを求める、堕ちたバーサーカーのようにな。その目論みは半分成功したって訳だ。事実俺は『シゲキ』を求めてここにいる」
「だが、俺の一番肝心な計画はあの時失敗した。天道聖璃の行動でな……。俺はあの時お前を連れ出す予定だったってのに、お前を守ろうとすらしやがった。何もしなければお前の傷は浅くて済んだってのに、馬鹿なガキだぜ」
「…………」

愚痴めいた彼の言葉を、紫魔は黙って聞いていた。煙草が汚れた口に触れる度、赤く顔が照らされる。

「なあ猛。お前も気付いていたんじゃねえか。天道聖璃がいる限り、お前に『シゲキ』は訪れないってよ」
「…………」
「天道聖璃はお前を止めるためにいる。言わばストッパーだ。俺ァな、それを外してやったまでに過ぎねえのさ……。結局また妨害されちまったがな」
「…………タダより安い言葉を吐くのは止めた方が良いぜ、ジジイ」

紫魔は吐き捨てるように告げると、おもむろに伸び切った髪を掻いた。それから至極冷静に、目の前に立つ、言葉を詰まらせた男を見つめる。

「素直に言えよ。邪魔なんだろう?天道聖璃が。あいつがいなくなれば、俺を遮る者はなくなる。俺は押せばすぐにでも地獄へ行ける体制になる。そう思ったってところだろうな」

紫魔は、ふとあざけるような笑みを浮かべた。片目が細まる。

「確かに……俺にとって天道聖璃はストッパーかもしれねえな。……だが……あいつは、それだけの存在じゃあねえんだ。今日確信した。あいつを亡くして得るのは『シゲキ』ではない、言うならば……虚無だ。天道聖璃がいなくなった時、天道紫魔は…………おそらく弱くなる。今より遥かにな」
「……なるほど。天道聖璃は、消える時お前に『恐怖』と『悲哀』を与えられる存在ということか。随分、感情が豊かになったことだな……猛」
「生憎、豊かな人間の傍にいたからな。移っちまったんだろうぜ。……初めて感じたモンだから、これが『恐怖』と呼ぶのかは知らねえが……」

紫魔は手のひらを出し、痺れたままの指先へ視線を移した。「恐怖」――恐れること。今まで紫魔の知らない感情だった。何かを恐れる必要などなかった。今まで自分には、欲以外、「何も無かった」のだから。

「唯一手に入れた存在のために生きようとする……昔に比べたら、野生はなりを潜めたな」
「…………何だと?」

紫魔は顔を上げる。くつくつと喉を鳴らして笑う姿は、紫魔があざ笑う時のそれとよく似ていた。

「ご苦労なことだ。今日もあの時も……天道聖璃のために動き、お前は常に傷を得る。自分勝手に生きているようで、お前のベクトルは天道聖璃に向けられているのさ。違うか?現に大事な片割れが傷ついたからこそ、お前はここで俺と会っている」

つい先日の夜と、聖璃の顔が紫魔の脳裏に過ぎった。ベッドサイドの明かりに照らされる、白く高貴な横顔と、穏やかな言葉。
腹の底から煮えたぎる、熱を感じた。身体の芯から、外に向かって叫ぶように。

「……黙れ……」
「いや、むしろ自由奔放に生きることによって、お前は天道聖璃を解放しようとしているんだろう。その強さと態度を両立させることによって、家のために生きる天道聖璃を。自分の知らぬ間に、その生きざまを天道聖璃へ捧げているのだ、お前は――」
「黙れッ!!」

息が――荒い。目の前が赤く染まりそうになる。脳天にまで熱が突き抜けるようだった。「シゲキ」とは違う、自分が今にも崩れそうな波が襲っている。感じたことの感覚に、身体が支配されている。底から湧き上がる、未知の熱に突き動かされる。

「お前が……決めるな……ッ。テメエが!テメエだけは語るなッ!!俺の――俺と、聖璃の生き方を!!」

共に歩み、共に強くなった双子の片割れが、紫魔の心を後ろから押し出している。出したことのない声を叫んでいた。力が沸いてくる。

「俺は俺の好きに生きる……!誰にも!その邪魔はさせやしねえ……。俺は俺だけの手で奇跡を選ぶ!そして定められた道ごと、この俺が――支配する!運命を決める羅針盤ごと!全てを叩き潰すッ!!」

それは知らず知らずの内に秘められていた、聖璃とは異なる、紫魔の確固たる決意だった。帽子の奥に眠る細まった瞳が、冷たい色を帯びる。

「それもまた、片割れのためか……?いや、言及はやめておくぜ。まさかお前からこれほどまでの怒りを観られるとは、俺としても予想外だったからな。……やはり、消しておいた方が良いらしい」
「!…………消す、か」
「猛。……今は天道紫魔と呼ぼうか?天道聖璃の病室は把握済みだ。俺の同士を潜り込ませてある。……俺の元へ来るなら、命は助けてやっても良い。俺は今日、その取引のために来たんだ」

煙草は地面へと捨てられ、ボロボロのサンダルに潰される。皺だらけの手のひらを差し出す。

「俺と来い。お前は頭が良い……まだ伸びる余地がある。お前も戦う相手が欲しいだろう。天道聖璃が死ぬよりは賢い選択だと思わねえか?」
「…………」

紫魔はその手のひらを見下ろした。
――かつての己ならば、紫魔は、この手を取っていた。そんな確信があった。彼から生きる術と知識を教わった、幼き本郷猛ならば。ただ新たな境地への好奇心に駆られ、そうして欲に従うマシラとして生きていただろう。
紫魔の瞳は、見下ろしたと言うより、むしろ――見下したと言う方が正しいかもしれない。

「言ったはずだぜ、ジジイ。タダより安い言葉を吐くのは止めろってな」
「何?」

ぱしん、と乾いた音と共に、手のひらは浅黒い甲に弾かれた。紫魔は力強く、帽子に隠れた向こうの瞳を見つめる。月明かりにも、街灯にも嫌われた、暗闇に染まる路地裏に、夕日色の光が咲いていた。その中に、静かな炎を燃やして――

「たった今、テメエの負けが決定した。その陳腐な言葉が、テメエを喰い殺したのさ。敗因はただひとつ……天道聖璃をお前は知らねえ。それだけだ」
「……新種の悪足掻きか?見上げた根性だぜ」
「今度は俺がお前に教えてやるよ。お前の知らない天道聖璃を」

その唇には、いつの間にか不敵な笑みが浮かんでいた。紫魔の心は見えない双子が支えている。彼さえいれば、紫魔に恐怖も悲哀もなかった。

「ジジイ。天道聖璃は――俺のオマケでも、荷物でもない。俺と肩を並べ、ここまで来た男だ。俺を天才と言うなら、あいつも天才だぜ……超越した精神力のな」
「……精神力?それに秀でたところで何があるのか、俺には見出せられねえな」
「分からねえのか?あいつの精神力は誰かのためになる時に発揮される。……だから置いてきたんだ、『誰か』を」





「…………どうしましょうか、このお方……」
「つんつん。ってしても、起きないしなー。ね、聖璃、この人どこから来た?オレが花の水変えてる間?」

床に伸び切った見知らぬ男を、弘夢は指でつんつんとつついた後、ベッドに半身だけ起き上がった聖璃を見上げた。聖璃は奥の腕が点滴で繋がれているが、自由な片手で頬を掻く。

「はい……。弘夢さんが出て行った時に入られ、急にナイフを持って目の前に迫って来たもので、思わず思い切り殴って頭突きまでしてしまって……申し訳なかったです」

しゅんと頭を垂らす聖璃に、弘夢はウンウンと頷いた。

「んー、うん、でもそれならしょうがない!こういうのは、あれだ、センセーボウケン?」
「……正当防衛でしょうか?」
「あー!それそれ!とにかくその、セートーボウエイ!だから、聖璃は大丈夫!多分!」
「そうですね……。それに、今日はその防衛のために弘夢さんが夜までここにいることが許されている訳ですから、怒られはしないかと。とりあえずお医者様に言いましょうか」

ふわりふわりとどこか浮ついた雰囲気で、二人はナースコールを鳴らし、いきなり現れた曲者をすたこらさっさと連行してもらったのだった。





耳にケータイを押し当てたまま、表情がかたいままの彼に、紫魔は勝利の確信を得た。

「どうだ……誰も出ねえか?」
「…………。ここは素直に認めるぜ。どうやら俺の計画は、再び天道聖璃によって失墜されたようだ」

電話が切られ、明かりが消える。完全なる暗闇が二人を包み込んだ。彼の声は存外落ち着いていた。震えもしないで静まっている。

「しょうがねえ。帰るしかないようだな。……それか、ここで俺を殺してみるか?」
「ああ、本来ならそれが一番手っ取り早く済む方法だ。だが俺は殺らないぜ。俺は……、『天道紫魔』は、人を殺せないんでな」

紫魔から紡がれた言葉には、湖面に落とされる雫のように、小さな感情が波紋を作り広がっていた。男から笑いが湧き上がる。

「っハ……!よく言うぜ。そんなに天道聖璃の前では清廉でいたいのかァ?お前が?」
「……清廉、ね……」
「昔の事も話してやれば良いじゃねえか。反吐が出るような信頼関係とやらを築くお前と天道聖璃には余裕だろ?」
「お前はどうやら、聖璃どころか俺のことも分かっちゃいないらしいな」

紫魔は深く息を吐いた後、空を見上げた。建物に隠れて月は見えず、一粒の小さな星が、夜空から二人を見下ろしている。

「あいつに話したら、あいつは受け入れちまう。……だからだ」
「また、奇っ怪なコメントだな」
「あいつにだけは、『本郷猛』を『受け入れられたくない』のさ……。あの夜のことは俺と共犯者のお前以外誰も知らない。あいつが受け入れた瞬間、この俺が犯した罪を、罰する者がいなくなる。永遠に蓋をされて、赦されちまうんだ」

紫魔は着ているシャツ越しに、父に切りつけられた胸元をなぞった。幼い頃に付いた傷は、見えないところにあるものの、簡単には治っていない。

「あいつは事件の被害者だ。管轄下の街を燃やされ、逃げることを強いられた。……そいつに受け入れられたら、俺のこの証拠のない罪は誰が信じる?誰が裁く?罪と罰は切り離せられない。分かるか、ジジイ……。俺自身が裁くしかないんだよ、この罪は。永遠に、俺が墓まであいつに『言わない』ことによってな」
「信頼関係故の、罰か……。ハハ、泣かせるじゃねえか。マシラがよく持ち直したモンだぜ」
「そうしたのはお前だ。……けどな、ジジイ、これだけは言っておくぜ」

コツコツと足音を立てて、紫魔は男へと向かい、すれ違う。かつて見上げていた顔は、己より下の位置にあった。

「次はない。……同じ策を仕掛けて来るような愚才に赦す命はないと思え」
「そこまで俺の頭は悪くねえ。また会おうぜ、猛……。俺の命があるうちにな」

彼はひらりと手を振り、紫魔が振り返る数秒の間に、すっかりその姿を消していた。風の能力かその身体能力か、それは分からなかったが、紫魔は漆黒の路地裏を抜け出した。車のライトや店の明かり、街灯、月明かり――様々な光が紫魔を照らしながら、寮への道を誘った。





一日ぶりに見た双子の顔は、食事が取れないせいか、少しだけ痩せたような気もした。白いベッドから半身だけ起き上がり、窓の外を見ていた。ガラス越しに目と目が合う。

「よう。寝てなくて良いのか」
「ずっと寝ていたら落ち着かないんだ。それに……」

聖璃はちらと、ベッドの横端へ目を移した。自分の腕を枕にして眠り続ける黄金の髪は、朝日にきらきらと輝いている。聖璃は優しくその頭を撫でた。

「彼が目覚めて一番に……おはようと、お疲れ様って言いたいんだ」
「結局一晩見張ってたのかこいつ……?」

怪訝そうに顔を歪める紫魔に、聖璃は可笑しそうにくすくすと笑った。

「どうやら僕が襲われて傷ついたことを、お父様が気になさったみたいで……病院に本当に無理を言って一晩人を付けることを許してもらった矢先に、弘夢さんが言い出してくれたんだ」
「へえ……」
「結局変な人が来た以外は、何もなかったけれど」
「待て、その変な人が来たっていうのが『何かあった』んだろ」

思わずツッコミ代わりにガッと肩に手を置くと、聖璃は不思議そうに瞳を瞬かせた。

「え?けれど、ナイフを持って僕に切りかかってきた以外は……」
「だからその切りかかってきたのが悪いっつってんだろうが」

自然と声が低くなる。アホか、と呆れると、聖璃は本当に分かっていないらしく首を傾げる。紫魔は溜息を吐いた。

「何はともあれ……元気はあるじゃねえか」
「うん。でも、紫魔、それは……」

聖璃は眉を下げて、じっと紫魔の顔を見つめた。左目に取り付けられたガーゼと頬の傷だと分かると、紫魔はガーゼを掴む。勢い良く引き剥がすと、聖璃は息を詰まらせ、目を丸くした。

「し、紫魔」
「……こんなの、大袈裟なんだよ。お前の傷に比べると大したこともねえ」
「けれど…………顔に、傷が……」

紫魔の左目と頬には、くっきりと風による切り傷の痕が残されていた。心配そうな聖璃の視線に、紫魔は平然と頭を掻く。

「それなりの経験者のように見えるだろ。そんな悲観することでもねえよ」
「……しかし、すまない、紫魔……。襲われたのは僕だというのに、お前にまで傷を負わせてしまった……」
「……――」

紫魔は、下ろしてある手のひらを、ぐ、と握りしめた。腹の底に、雪のように言いたいことが降り積もる。

(むしろ今までの災禍はすべて、俺のせいだと――言えたら、どれだけ楽だかな……)

燻る胸の内と戦っている間に、聖璃は表情を引き締めていた。女のように美しい顔が、精悍な面持ちへと変わる。

「紫魔。僕はまだ未熟で力不足だ。それを実感した……。僕は、強くならなければ。すべてを……お前を守れるくらいに、強く……」
「は?……俺を?冗談だろ」
「本気だ。今まで僕は、お前を止めるために強くなることを望んでいた。けれど今確かに感じることは……弘夢さんを、紫魔を、天道を……僕は守らなければならないということだ。僕という存在の限り」

聖璃の翠の瞳が、く、と苦しみに細まる。聖璃の片手が、点滴に繋がれた方の腕をしかと掴んだ。

「もう、同じ過ちは繰り返したくない。僕のことはどうだって良いんだ、どれだけ傷ついても立ち上がってみせる。この天道の誇りに掛けて。奇跡を、選び取るんだ。……強くなるよ、紫魔。すべてを受け入れられるように……」
「――!……ああ……」

紫魔は僅かに俯いた後に、顔を上げた。胸元を握り締める。傷痕と心臓にのしかかる重りは、紫魔が口を開かない限り、決して外されることのない罪の楔だった。罪人の足首に掛けられる、鉄に繋がれた足枷のように。
すべての罪を告白し、赦されて生きる運命はすぐそばにある。それでも紫魔はその道を壊し、罪人であることを選んだ。
悪魔は、決して天界では生きられない。生きられないからこそ、自ら地獄へ行く道を選び、堕ちた魔界で、闇に身を置いていたのだ。己の生きる道はそこしかないと信じ、赤い手を振りかざしながら。

(お前はそう、生きるんだろう。誰が何と言おうと。俺がそうであるように)

聖璃が決めたことを曲げる権利は、紫魔にはなかった。己にあるのは、己の運命を決める羅針盤を壊し、前に進む権利のみだった。

「……お前の好きにしろ。俺は、俺の好きにさせてもらうぜ。今までも、これからもな」
「うん。分かっているさ。必ず、超えてみせる。お前だけじゃない……僕の守るべきすべての世界を」

聖璃の言葉は、出会った時よりも随分、大人びて頼もしくなっていた。希望だけでは済まさない光を秘めていた。
光が強ければ強い程、落とされる影は濃い。そうやって強くなっていくのだと、紫魔は感じていた。――同じ光になることは決してないと知りながら。

「紫魔」
「あ?」

聖璃が紫魔へと微笑む。思えば、聖璃は紫魔を見る時、大抵は笑っているような気がした。穏やかな温もりをその翠に宿して。

「僕は強くなる。今までも、これからも。それが出来るのは、お前のおかげだ。お前がいるから強くなれた……心からそう思うよ。……僕の双子」

だから――と、聖璃が続ける前に、紫魔は口を開いた。

「それなら、俺は……お前がいるから『生きられている』。シゲキを求めてな……そう思う」
「生きて……?」
「だから、俺は今幸せだぜ、聖璃。例え全てを語らなくとも。お前の願いとやらは叶っているのさ……最初から……」

全ては、紫魔が産まれた時から始まっていたのかもしれない。独りで呼吸を始めて、気が付いた時には仕組まれた運命の道を歩き続けていた。
それでも十三年前、あの日から――紫魔の道は己で掴んでいた。今目の前にいる片割れが、それを証明している。
「天道紫魔」は、好きに生きている。紫魔はそれを誰よりも、誇りに思えた。

「また来るぜ。……俺の双子」
「あ、わ、分かった。また来いよ、待っているから」

紫魔は踵を返し、部屋を出た。病院から寮へ歩き始める。まだ朝だからか、人通りは少なかった。街は静かに微睡んでいる。誰一人何一つ、語ろうとはしなかった。
それでも――天から射す眩い光が、紫魔の歩く道を、柔らかく暖かに照らしていた。