02

年齢別講義。なかなか普通の学校じゃお目にかかれない文字列だ。何を隠そう俺も、北海道の地元じゃ見たことも聞いたこともなかった。都会だとどうなのかは知らない。
討伐団養成学院は、その名の通り、討伐をする人間を育成する学校だ。相手は動物じゃない。今世界中に、どこから振って湧いて繁殖しているのかは知らねえけど、魔物が蔓延っている。ここに入る人間は、小学校に入る前のやつから大人まで、年齢もバラバラ。志願すれば誰でも正義の味方になれるってことらしい。俺は嫌いじゃない。
けれど、義務教育の問題がある。最低限の教育を受ける必要は、少なくとも日本では全ての人間にある。そこで年齢別講義。最低限の教養は身につけなさいって制度だった。よく考えてあるよな。
十七歳の俺も例外じゃなく、その年齢別講義が当てられることになっている。高校は義務教育じゃないけど、まあ、今の世の中なら義務教育も同然だよな……。という訳で、一限目は年齢別の国語。担当は高坂先生だ。開始十分前には教室に着いたけれど、既にちらほらと人がいるのが見えた。後ろの方に座っておこう。

「あれ?紅輔」

少しずつ聞き慣れてきた声と共に、俺の横に誰かが腰掛けた。長い四肢に、女子受けの良さそうな笑顔。昨日の今日で忘れるはずもない。隼総天翔、チームのメンバーだ。

「なーんだ、お前も十七歳だったのか!実は俺も!」
「だろうな。つか十七歳じゃなきゃここにいねえだろ」
「それもそうかぁ。な、もうちょい詰めて詰めて。俺真ん中はやだ」
「はいはい」

後ろから二番目、そして隅の方という、目立たない絶好の位置を確保した。朝から元気ににこにこしている天翔は高血圧なのか、早く起きたのか……。教科書とノートを出し始める天翔は、いかにもウキウキした様子だった。出して置く音がとてもリズミカル。

「俺さ、昨日眠れたけどスッゲー早く起きてさ。今日からどんなことすんだろって考えたらいてもたってもいられなくて朝から走ってきて、一時間早く着いたから近くの公園でちょっと寝て来た」
「ちょっと寝たのかよ。遠足前の子どもみたいだな」
「子どもだからな!」
「いや今の威張れるところじゃねえわ」

俺の冷静なツッコミに、天翔はケラケラと笑う。そこそこに人が集まってきたところで、講義室がざわめいてきた。黒板までの視界が人の頭で埋まり始める。俺の髪は赤いし、天翔は青いから人のこと言えないんだけど、こうやって見ると色んな頭髪がいる。集めたら虹がいくつか出来そう。
前に座っている奴なんて、水色の髪をひとつに束ねている。色んな奴がいるんだとぼんやりしていたら、すっと視界の端に赤い布が見えた。

「ちょっと那智、奥が空いているんだからもう少し詰めたらどうですの?座れませんわ」

手前から聞こえた気の強そうな声の方を向けば、染めた様子のない天然モノな金髪が目に入った。緑色の瞳はキツく水色の髪のやつを見ている。座っていたそいつも立ち上がった。

「確かに空いてるけど、もっと言い方あるだろ」
「私は空いてるからそう言っただけですわ」
「だから!その詰めたらどうですのって言い方を何とかしろって話だろ!」
「なっ、これでも那智よりは言葉の使い方が出来ていると自覚していますわ!!」
「んっだとぉ!!」
「事実でしょう!?」

目の前で繰り広げられる言葉の応酬に、頭がついて行かない。天翔とはまた別の意味で、元気な奴らだな……。今にも取っ組み合いになりそうだし、周りにストッパーもいなさそうだし、先生が来る前に止めた方が良い気がする。

「まー、まーまー、おふたりさん」

小さなデジタル時計が、睨み合う二人の視界にさっと挿入された。薄くて両面から見えるデジタル時計は、八時五十八分を指している。後ろの席から腕を伸ばして入れたのは、俺の横にいた天翔だ。いつの間にか立ち上がって、ちょっと真ん中に寄って割り込んだらしい。
あんな険悪な中に入って行ったっていうのに、春風のように爽やかな笑顔を惜しげも無く浮かべている。胡散臭さもない笑みが割って入ってきて、流石に二人も天翔を見てきょとんとしていた。自分達より頭半分以上デカイ奴が急に割り込んできたと思うと、同情の余地すらある。

「ほら、八時五十八分。もうすぐ授業始まるし、座ろうぜ?俺ワイワイするのは好きだけど、何か違うし。なっ」
「…………それなら……」
「…………仕方がないですわね……」

天翔の純粋な言葉に押されてか、二人とも渋々といった様子で、椅子に座り直す。何だかんだ離れないで並んでいる辺り、仲が本当に悪い訳じゃなさそうだな。
そして隣に天翔が帰ってくる。何事もないように座る天翔に、思わず顔を寄せた。

「お前よく行けたな、あそこ」
「そっか?流石に初日から先生に喧嘩怒られるのは見たくないなーって思ったんだ」
「……怖いもの知らずというか、なんつうかな……」

正直、俺にはそこまでの度胸はない。さらっとやってのける辺り曲者っていうか、大物っていうか。それも、負の感情じゃない気持ちからやってるから、嫌味はないんだよな。そう思ってると、天翔が顔を寄せ返してきた。

「な、紅輔。やっぱあの人、お嬢様?どう思う?」
「いや、言われても困る」

というか、ほぼ真ん前の席にいるのに、聞かれても知らねえぞ。
同時に、九時になった。チャイムのほんのちょっと前に、扉が開く。どんな人かと思ったら、案外優しそうな先生だった。先生が入ってくると、騒がしかった講義室が少し静かになる。ついでに天翔の背筋が伸びた。

「今日は一年目とは初めて会うから、自己紹介からさせてもらおうか。国語担当の高坂嘉六だ。分からないことがあったら何でも聞いてくれ。よろしく頼むよ」

パチパチとあちこちから拍手が起こる。その最中、ふと前列の方に、見覚えのある背中が見えた。天翔を肘でつつく。驚いた顔をしていたので、まえ、あそこ、と口パクとジェスチャーで伝えた。
少し茶色が残ったような、背まで伸びた金髪。間違いない。隣にはちょっと見にくいけど辛うじてボブが見える。更に間違えるはずがない。
拍手が止むくらいのタイミングで、天翔が俺へ視線を戻すと興奮したように首を頷かせた。だよな、そうだよな、とアイコンタクトをする。それ以上何かすると目をつけられそうなので、平静を装った。

「では、早速だが授業に入って行こうか。ノートを開いておくこと。今日は物語の読みからなので――」

まさか始まって早々、終わった時のことを考えるとは思ってもいなかった。……全員十七歳だったのか。





「今日はここまで。次の開始は十分後だから、忘れずに移動をしておくように」

天翔が始終ソワソワしていたこと以外は、思っていたよりあっさりと終了時間を迎えた。平和なのは良いことだ。一息ついてから、鞄に教科書ともどもを入れる。天翔とばたばたしながら前にいた二人の横を通り過ぎて、前列の方へ駆けた。

「撫子」
「うーたうっ!」

撫子も歌雨も俺と天翔に気付かなかったようで、大きく肩を跳ねさせて振り返った。撫子は昨日よりはまだ怯えていないけど、それでもまだぎこちない。二日目に慣れろって言う方が無理か。

「天翔と紅輔!?えっ、二人とも十七歳のところにいたんだ……よね?」
「イエス!俺らまとめて全員もれなく十七歳だったんだなー。すげー偶然」
「こんなこともあるんだな」

天翔と笑いあった後、撫子の方を見る。言葉を探しながら声を掛けようとしているようだった。

「…………こ、う輔くん。あの、お、おはよう」
「あ。そうだな、おはよ」
「ぼくもすっかり挨拶忘れてた。おはよー」
「俺も。おっはー……はもう古いのか?おはようございますっ」

俺達が話している間、他の奴らは移動を始めている。あの喧嘩していた二人も、いなくなっていた。このままで話すと遅刻確実なので、俺と三人は、次の教室まで一緒に歩いて移動をすることにした。天翔と歌雨が前にいて、俺と撫子が後ろにいる。

「これなら年齢別も普通の講義も一緒に受けられるんだよね。良い傾向ー」
「次はなんだっけ?」
「魔物のこととかの勉強じゃなかったか?」

天翔の言葉に俺が割り込むと、その目は一気に輝きが増した。

「あーあのいかにも討伐団っぽいやつ!」
「むしろ本来そういう学校だからね天翔さん」
「やーワクワクするな歌雨さん」

天翔と歌雨はすっかり打ち解けてるみたいだ。天翔と俺も問題なかったし、歌雨と撫子はまだ、二人なら何とかなるか。
撫子の顔を横目で伺う。二人の会話を微笑みながら聞いている。
……そういえば、撫子はなぜ、養成学院に入ったんだろう。討伐団と言ったら、力仕事やら荒っぽい仕事やらわんさかあるはずなのに。あまり似合わないよな。会って二日目に教えてくれるとは思ってないから、言わないけど。天翔も歌雨も、学院に入った理由、いつか訊けたりすんのかな。なんて。

四人で次の教室に入ると、再びちらほらと席が埋まっていた。話していたせいで前の方しか空いていない。今度は四人並んで座り、担当の先生を待った。

あ、そういえば。と、周りを見渡してみる。水色髪と金髪の二人は見当たらなかった。ということは、少なくとも、一年目ではないということだ。
稀有な出会いだった。俺は認知されていないだろうけど、またどこかで会えたりしたら良いなんて、勝手に思っている俺がいた。