運命への飛翔

久しぶりに四人揃って昼食を取り、チームヘヴンは見慣れた中庭へと足を運んだ。対人戦用の簡易フィールドは、午前中に使われた名残はほとんど消えている。昼休憩の間に整えたのだろう。太陽は真上を通り過ぎていた。
フィールドの柵に寄りかかり、ヒカルがうんと伸びをする。腹が膨れたせいか、眠気を隠しもしないで欠伸を噛み殺した。

「今日のオーダーはいつも通りだっけ~?」
「はい。最初に僕が、次に雲母さんとヒカルさん、最後に紫魔……。この構成が出来るのも、久しぶりですね」

怪我の療養で閉じこもっていた病院の部屋を懐かしみながら、聖璃は目を細める。するとヒカルは、眠そうだった目尻をキッと吊り上げた。

「そうなんだって!聖璃がいない間最初は雲母と最後に紫魔、で、雲母は無理だからアタシ紫魔と組んでたりしてたんだけどさあ!」

聖璃の鼻にでも噛み付かんばかりの勢いに、聖璃は驚いたように目を瞬かせる。

「え……もしかして、紫魔が何かご迷惑を……?」
「逆だ。ヒカルの考えを読み取りすぎていて、気持ち悪いという話になり」
「もープチ喧嘩っ!プチってかミニ!マジヤバかったんだから!本気でアタシ心の声ダダ漏れか焦った!」
「紫魔……お前サポートに向いているのか向いていないのか……」

思わず苦笑をしつつ渦中の人へと目を向けると、紫魔はフィールドの向こうを見つめたまま、済ました顔で呟いた。

「顔と態度を見たらそれくらいの事は分かる。緊張、焦り、闘志……加えてお前は行動にヒネリがねえ、言わば選択肢が一つしかないようなモンだ。目を瞑っても指し示せるだろう?」
「でもさ!?こうなって欲しいなーって思ったこと全部思った途端にやられると、やっぱ怖過ぎてホラーっていうか、ヤバすぎて鳥肌立つ……」
「ふふ、ヒカルさん、紫魔は僕が復帰してきた時に備えて、二人での対人戦で必要なことを行動で示してくれたのだと思いますよ。今日はそれを思い出して頑張りましょう」
「マジで!?うっわアタシあんなの無理無理、つか一年目相手にどうやるのか考えてないし」

ヒカルが青くした顔の前でブンブンと手を振っていると、何も反応を見せなかった紫魔の片眉がピクリと動いた。

「お喋りはそこまでだ。来たぜ」

見覚えもない背格好の四人が、慣れない様子で簡易フィールドの周りへと足を踏み入れた。女子に関してはきょろきょろと周りを見渡したり、こちらの視線に怯えていたりしていたが、赤と青の相対する髪を持つ男子の二人は、こちらをじっと見据えている。己より身も心も未熟だろう二人を、紫魔は鋭く見返した。

「聖璃。どう思う」
「チームを解散した人はいないようなイメージかな……。顔付きを見ていても、あまり戦闘に慣れているようには思えなかった」
「ああ。同感だ。だが……気になることもある。今日は最終戦まであいつらの観察に努めることにするぜ」
「え、お前が?……木の上待機じゃないなんて、珍しいな」

聖璃と言葉に、ふ、と紫魔は息を吐いた。相手チームはオーダーの確認に入っており、いつの間にかてんやわんやしている。こちらを睨んでいた二対の眼差しは、無邪気な笑顔へと変わっていた。

「あの赤髪と青髪、一年目だってのに俺から目を逸らしもしていなかった。今まで一年目と何回か当たったことはあるが、あんなことは初めてだ。……聖璃、お前はあの目から何も感じなかったのか?」
「あ、すまない紫魔。僕は一年目から怖がらせてはいけないと思って、向こうの方々とあまり目を合わせないようにしていたんだ」
「…………本当、どんなに復帰してもなくならない甘さには流石に呆れるぜ」

低くなった声のトーンに、聖璃は乾いた笑みを返した。
一回戦目が始まる。柵を超えてきたのは、ふわふわとした短い青い髪に、爽やかな笑みを浮かべた男だった。後ろでは赤髪の少年と呼ぶような背丈の男が、むっつりと押し黙って見守っている。迫る出番に、聖璃が身なりを整えた。チームを振り返り、温和に微笑む。

「では、僕も行ってきますね」
「相手一年目だから!一年目!マジ手加減してあげてよ!」
「いや。あいつには油断も手加減もするんじゃねえ」
「はあ!?」

思い切りヒカルが紫魔へ振り向く。雲母も横目で注目し、聖璃も驚いた表情で振り返った。紫魔は冗談の欠片もない、凄然とした面持ちで、聖璃の丸い緑の瞳を見つめた。

「ひとつ……。人間への無償の信頼が抜けないお前に教えてやる。一番の厄介者は、能力に優れた魔物じゃねえ。身も心も覚悟が決まった人間だ」
「それは……彼が、そうだと?」
「正直、まだ分かりかねている。『アレ』が見えたのは、目が合った数秒だったんでな。柔らかさのある、獲物を狙う猛禽類の目ってところか……とにかく奴には注意しておいて損はないだろうぜ」
「分かった。お前が言うなら間違いはないんだろう。じゃあ……改めて、行ってきます」

聖璃は軽く頭を下げると、フィールドの中央へ向かう。白線で立ち止まり、開始の合図をいつも通りに待った。すると、相手の男が笑みを保ったまま聖璃へ近づき、目を輝かせる。

「あの!俺、チームハヤブサのリーダーの隼総天翔っていいます!今日俺初めての対抗戦なんすけど、よろしくお願いしまっす!」

そう言う天翔の顔は、緊張と言うよりも、期待に満ちているように見えた。
普通、対抗戦では、一戦を交える前に自己紹介など行わない。四月に申し込んだ命知らずの一年目を見に来た見学者達が、くすくすと笑みを殺しているのが見えた。それでも初々しい空気に包まれている天翔に、聖璃は微笑ましい気持ちを含めた、柔らかい笑顔を向ける。

「御丁寧にありがとうございます、天翔さん。僕は、チームヘヴンの天道聖璃と申します。隼総……ということは、チームハヤブサの名は貴方から取られたのですね」
「はい、一応は。けど、チームヘヴンっていうのもかっけーですよね!考えたの誰ですか?」
「ええと、大元はあそこにいる僕の双子なんですけれども、名前自体は僕が……」

フィールドに似合わない穏やかな空気が流れだそうとしたその瞬間、ゴホン、と審判の咳払いが話に割り込んだ。二人して慌てて白線へ立ち直すところを、紫魔と、相手側にいる赤髪の男は呆れたように目を細めている。

「なーんか、こっちとあっちの男二人って、ちょい雰囲気似てない?」
「男を見る趣味はないが……分からなくもない」

緩みきった顔で見守っていたヒカルの呟きに、雲母が頷きを返す。紫魔が審判に半笑いで謝っている天翔から、味方に視線を変えた。

「それはどういう組み合わせの話だ?」
「へ?どういう組み合わせって……今出てるあの子と聖璃でしょ、で、紫魔とあっちの赤髪」
「似ても似つかねえな。聖璃とあの出ている男のどこが似てるってんだ」
「なんつーの?二人とも抜けてるっていうか笑顔っていうか……それで向こうは紫魔と一緒でずーっとなんか難しそうな顔してんじゃん」
「なるほどな。そういう考えもあると取っておくぜ。だがそれを踏まえても、聖璃とは似ていない。表面上はそうでも、本質的にはな……断言出来る」

紫魔の夕日色の瞳が、空とは違う青色を写し取る。名は体を表す。そんな言われが、紫魔の脳裏に浮かび上がった。
あまりの強さに、殺気にすら間違えられるほどの「欲」。一滴の悪意も混じらない、残酷な程に純粋な色をしている。闘志にも敵意にも届かない、まったく質の違うもの。そのあまりの純度の高さから、おそらく本人も気付いていない無意識の代物であり、見たのが普通の人間ならば何か名前のあるものに置き換えられてしまうだろう。

「あいつは……むしろ、俺似だ」

隼総天翔。大空を飛翔し、目に追えぬ速度で獲物を狩る、欲深き隼。
そう、それは空の心を引きずって底のない「シゲキ」を求めていた、「己」のように――

「対抗戦、チームハヤブサVSチームヘヴン。第一回戦、隼総天翔VS天道聖璃。試合開始!」