とある期間のモノローグ2

……それで、何でここに来ちゃったんだろ。ダチに話してもしょうがないって思ったら、勝手に来てた。医者とすれ違うだけでなんか緊張……。
個室だからめっちゃ静か。白くて清潔そうな臭いがする。アタシには似合わないけど、肌とか髪とか白っぽいっつーか、薄い聖璃には結構似合う。夕方でタイミングが悪くって、聖璃はまだ寝てた。何だっけ、母親がハーフなんだっけ。顔面偏差値チョーあって羨ましい。……何にも持ってこなかったけど、こういう時って何かお見舞いの品とか持ってきた方が良かった!?

「……ヒカルさん?」
「げ」
「げ??」
「ぎゃー!!!何も!!……目、覚めたんだ」

パイプ椅子に座ると、聖璃が寝そべったままこっちを見て笑った。あー、ヤバイ。……マジで、ヤバイ顔してんね。戦いじゃ結構魔物ブッ飛ばしてるとは思えないような顔してる。……そういや聖璃って、なんで学院に入ったんだろ。生きてる奴ら皆兄弟みたいな感じのくせに。
聖璃が起き上がる。あ、髪の毛下ろしてるの、初めて見た。良いなー金髪。アタシがやったらギンギンのギャルになるからやめたけど。

「最近、この時間になると勝手に目が覚めるんです。どうやら紫魔が、今くらいの時間に来ているようなので……。そう予想しても、結局会えずに帰ってしまうんですが」
「へ??どういうこと?」

来てるのに会えない?……は?イミフ過ぎなんだけど。聖璃の笑顔がなんかぎこちない。苦笑いっつーか。ヤな予感。

「僕にも、よく分からないのですが……。どうやら僕が寝ている間に見舞いに来てるようで、必要な物を置いたり水を替えたりしては黙って出て行ってしまうんですよ」
「えっ、なんで紫魔って分かんの?」
「その置いていく物が大体、同室の寮にあるものなので。暇な時間に読む本とか……しかも観察眼が鋭いから、栞が挟んである位置から読むペースを見て良いタイミングで持ってくるんですよ。そんなことが出来るのはあいつしかいません。紫魔も、来てるのが自分だと分かるように計算して動いていると思いますよ。あいつはそういう人間ですから」
「えっ……バカ?」
「バ……っ!」

ぷふ、と耐え切れずに、聖璃は口元に手を添えて噴き出した。肩を震わせて笑ってる。え、アタシ変なこと言った?感想だよ?

「っ、ふふ、それ、紫魔に言っては駄目ですよ……きっと怒りますから」
「えー、だってさあそこまでやっといて顔も見せないってバカじゃね!?」
「あははっ、散々な言われようだなあ。ヒカルさんにはそう見えるのですね」
「んじゃあ、聖璃にはどう見えてんの?」
「僕は……」

はた、と聖璃の笑いが止まって、黙って下を向いた。あんま、調子が良い顔には見えない。元は悩み相談しに来たけど、聖璃も、何か悩んでんのかな。紫魔ってわっかりにくそうだし。

「……僕と、会いたくないんだと思います。理由は分からないです。最近の紫魔は、どうにも様子がおかしくて……けれど、あいつは誰にも話そうとはしないんです」
「まあー、相談しろって言ってするようなタマでもないだろうし」
「はい。ヒカルさんの言う通りです。紫魔の気持ちを理解出来る人は、この先いないかもしれないと僕は思っているくらいです。だからこそ、僕は分かりたいと思っている……しかし、今の紫魔はどうも、そんな僕を避けているように見えます」

えーと?

「?……あの、つまり?」
「紫魔の中に、暴かれたくない何かがある、ということではないでしょうか。けれど僕には、その見当が付きません。……だからといって、僕は無理に言うようにしたくない。昔とは違う……。紫魔は変わったんだ。それなら、然るべき時まで待とう、と僕は思います」
「…………」

変わったから、待とう、だなんて、そんなチンタラして、とか言おうと思ってた。でも、聖璃の目を見てたら、そんな気持ちは萎えた。言う方がバカだと思う。
なんつーか……覚悟を決めた目って、こういうのを言うんかな。夕日と聖璃の瞳の緑色が溶け合って、綺麗に輝いてる。なんで、そう思えるんだろ。

「……思ったり、しねーの?」
「え?」
「もっと、慌ててさ。こっちが何かやらないとダメじゃんって思ったりとか……聖璃だってそこまで分かってんじゃん?なんで言ってくれねーんだよ!って紫魔に怒ったり……しない?」

いつの間にか自分の膝を見てた。聖璃の顔が見れなくなってきた。自分がメチャクチャ弱くなってそうな気がする。

「僕は、思いません。紫魔がそう思うなら僕がやるべきことはひとつだと……そういう考え方をしてるからだと思います」
「そっか。聖璃は……強い、ね」

優しいって言うはずだったのに、そんな台詞が、勝手に口から出てた。

「このままずーっと、話してくれなかったらどうしようとか、自分何にも出来ないって落ち込んだりとか、そういう……の思わねーんだから、すごいわ」
「いえ、僕も、昔は落ち込んでいましたよ」
「えっうそ」

思わず顔を上げると、聖璃は笑ってた。あ、多分これ、アタシの悩みバレたやつだ。

「紫魔は昔から、ずっと、文武両道で成績優秀でした。僕はそんな紫魔を見て、自分に出来ることなんて何もないと……正直、今も思っています」
「はあ!?いやねーわ、そりゃないでしょ!」
「いえ、本心です。…………しかし……もう、六年以上前になりますか。僕の迷いと弱さが原因で、紫魔を傷付けてしまった。それは、今回のこの傷もですが……」

聖璃は、白い上着の上から、腹をさすった。詳しくは聞いてないけど、多分、そこが今回の入院のきっかけになった傷なんだろうな。

「僕は紫魔を、守らなくてはいけない。強くならなくてはいけない。そう決心しました。そう思うだけで、何故でしょうか、僕は何も出来ないはずなのに、何でも出来る気がするんです。……不思議ですよね。何もないから、出来るんです」
「何も、ないから……?」
「はい。僕自身は空っぽです。だからこそ、今まで歩いて来ることが出来ました。……紫魔のことを思いながら。失う物が何もないからこそ、ひたむきに強くなれた。ヒカルさん、きっと……貴女にも、そのような人がいるのではないですか?」
「う」

聖璃の目が、どこまでも優しくて眩しい。聖璃はやっぱり、すげー、と思う。そういえば、聖璃から、何かを諦めたりすることって、聞いたことない。一回止めることとかはあるけど。全部前に進んでる。
アタシにはそんなの無理って思おうとした、けど。そんな風に言われたら……。

「い……るよ。いる。……変わっちゃって、話してくれないけど……。アタシがやることは、一個なんだよね」
「ヒカルさんが、そう思うなら。……大丈夫です。もしひとりで待つのが寂しいなら、僕と一緒に待ちましょう。そういう時のための、チームなんですから」
「…………。こんな時に、チーム、とか、聞かされると思ってなかったっつーか……」

……そっか。何もなくても良かったんだ。聖璃とか紫魔みたいにマジ強くなくても、雲母みたいに家とのゴタゴタとかなくても。ガチで何にもないんだけど。良かったんだ。逆に、これから、強くなれるかもしれないってこと、だよね。
授業でチームプレーとかしてきたくせに、一緒にっていうの、なんで考えなかったんだろ。

「やっぱ、聖璃……スゴ過ぎ。ありがと」

勝手に出てきた涙が口に入ってしょっぱい。最悪。だけど悪いことじゃなかった。化粧落ちたらマジ恨むけどな。

「アタシも……聖璃くらい、強く、なれっかな……」
「なれますよ。僕くらいなんて言わずに、ヒカルさんは、もっと強くなれると思います」
「…………強く……」

ピン、と、アタシの中でひらめいた。思いついたことがある。
やっぱアタシは、待つことだけっていうのは、性に合わねーわ。聖璃はもうやることもなさそうだから良いけど、アタシは違う。次に会う時までに強くなって、驚かせてやるんだ。
うわっ目擦ったらファンデ付いた。

「ヒカルさん」
「あー……サンキュ」

聖璃がハンカチ渡してくれた。ヤバイ、アタシより女子力高くね?負ける。洗って返そ……。
泣くの落ち着いてから出ようとしたら、後ろから声がかかった。

「あの、紫魔は……学校では大丈夫ですか?」
「なんかその聞き方、オカンみたいなんだけど……」
「あ、いえ、そんなつもりはなかったのですが」
「あー……」

答えにくい質問が来た。……マジなことぶっちゃけたら、聖璃悲しむんだろうな。だけど、誤魔化したらもっとサイテーだわ。

「全然。ずっとボーッとして、寝てないし、欠伸も見てない感じ。話しかけたけどピリピリしてて、首突っ込むなって言われたり」
「!…………そう、なんですか」

聖璃が悲しそうな顔になった。……聖璃はマジで、紫魔のこと色々考えてんだよね。さんざん双子だって言ってたけど、それだけじゃない気がする。

「ヒカルさん……ひとつだけ良いですか?」
「んー?何?」
「紫魔を、心からの悪人ではないと信じてあげてください。同じ時を過ごしてきた僕も、紫魔は分からないことが数え切れないです。それでも……。全てを踏みにじるようなことはしない。一番大切なものを見失っていないことは僕が知っている、だから、」
「チームのメンバーとして話せって話っしょ?オッケーオッケー!分かってる。だって、マジで悪い奴が聖璃の双子な訳ないじゃん?」

そりゃ、あの時、紫魔に殺されるかと思ったりしたけど。そんな奴が聖璃の傍にいれるはずがねーし。何か理由があったんだって今は思えるわ。
……雲母も、いつもぶすーっとしてるけど、家のことで何かあったって分かる。雲母は隠してるつもりだけど、六年も一緒にいたら気付くっつーの。

「ねえ、聖璃」
「はい」
「……ウチのチームってさ。マジで、バカばっかだね」

アタシが思わず笑ったら、聖璃も、それに釣られて、困ってるみたいに笑った。

「……………はい。本当に」

きっと聖璃は、アタシが何を言いたいか、分かったんだろうな。流石。
チームヘヴン。自分が困ってることも素直に言えないようなバカばっか。アタシも入れて。……バカじゃないの、聖璃くらいかな。

「また来るわ、三日後くらい」
「はい。お待ちしています」

アタシは聖璃の部屋を出た。……あーあ、やること山積みだな。どうすれば良いのか分かんなかった数時間前とは大違いだ。もうすぐ日が沈みそうで、アタシは病院を出たら、足が勝手に走り出してた。







「……今、何つった」

公園の木にいっつも寝てることは知ってたけど、こんなにあっさりこっちを向かせられるなんて、意外だったかも?けど、アタシがこんなことを言うなんて、思わないだろうな、フツー。
アタシは木の上にいる紫魔に向けて指を指した。大丈夫、聖璃が言ってた。紫魔はマジで悪い奴じゃない。

「もう一回言う!アタシに戦い方教えて!!」
「…………そういうのは」
「聖璃じゃダメなんだよ!」

絶対そう言うと思ってたから、返しはあらかじめ用意してた。あ、びっくりしてる。紫魔のそういう顔もレアだな。

「だって……っ聖璃は優しいから!優しいとアタシぜってー甘える!それじゃ駄目なんだよ!!アタシがマジで強くなるには、アンタしかいねーの!バカな頭で考えたら、アンタから教えてもらうのが一番良かったの!紫魔!!」
「…………」

無言っていうのが一番怖い。木の上から、じっとアタシの目を見てきた。あの時よりは怖くないけど、やっぱ紫魔は同じチームって思えないくらい迫力ある……!
紫魔は木から降りてきた。すと、と着地する。慣れてそう。

「いくつか質問をさせろ。聖璃に言われたのか?」
「違う。アタシが勝手に決めたの。聖璃にも言ってないし、雲母にも言ってない」
「別の奴に言うことも出来たはずだぜ?」
「だってアタシが知ってる人間の中で一番強いの紫魔じゃん。一番強くなれるはずっしょ?」
「……そこまでして急に強さを求める理由は、何だ?」
「…………」

すう、と大きく息を吸った。
六年。六年も、アタシは全然、何にも成長出来てなかった。六年もあったのに。何となく過ごしてた。マジでバカだった。
だから、今のアタシには、失う物は何も無い。失う物があるなら――いつまでもウジウジして勝手に一人で焦って、大事な人と会うのを逃すことだ!

「アタシは守りたい人がいる!!……今は……会えないし、何考えてんのか全然分かんないし……。だから何かあった時……違う、何もなくても……アタシといてっ安心出来る感じになって欲しいんだよ!だから強くなりたい!!帰ってきた時竜斗に何も心配させたくないから!!」

もう早く帰ってきて欲しいとか、話して欲しいとか、そんなこと言わない。もう言わない。
だから――アタシ、頑張るから。弱音は吐くかもしれないけど、絶対あきらめないから。無理って言わないから。

「分かった」
「へ?」

紫魔から返ってきた声に、拍子抜けする。……なんかもっと、色々言われるかと思った。

「お前の理由は分かった。……あとひとつ」

とんとん、と紫魔が爪先を地面に叩いて、パキパキ指を鳴らす。……あ、これは分かる。対抗戦の時と同じ目だ。相手チームを、目だけで怖がらせたこともある、そういう視線。

「お前の覚悟を試す。さあ、構えろ」
「上等!……アタシ、アンタにも言いたいことがメチャクチャあるんだかん
な!」

アタシは怖くなんてない。頑張るって決めたから。
よし……まずは、第一の試練ってやつをクリアしてみせる!