とある期間のモノローグ3

「ヤバッ……!」

息をする暇なんてなくて、顔面スレスレに、紫魔の足が突き抜けていく。通り過ぎた後で、冷や汗をかく。アタシ、ワンテンポ遅い。
違う、紫魔が……速い。速すぎて目が追い付かないっての!でも紫魔自身は、きっと追い付いてる。紫魔がヤケクソで動かないことは、アタシはよく知ってる。
こんなに動いても息が切れない時点でマジぶっ飛んでる!おかしい!!

「お前の実力はそこまでか?」
「ッ……まだまだ!!」

アタシの蹴りも拳も全部、紫魔の手で、身体で、受け流されてる。面と向かって戦ったことってあまりなかったけど、対抗戦で紫魔の相手してるヤツ、こんな気持ちだったんだ……。
息も、脚も、腕も、スローモーションになったみたい。気持ちだけもっと速くって怒鳴ってんのに、指にまで届いてないみたいな、そんな感じ。
紫魔は眉毛も動かさない。マジムカつく!

「感情に任せる」
「うえ?……ぎゃっ!」

紫魔が消えたと思ったら、いつの間にかアタシの背中が、地面に着地してた。違う、すっ転ばされたんだこれ。うう、なっさけな……。足払いに全然気付かなかった。
紫魔は腰をさするアタシを見下ろしてた。
赤い夕日みたいな色の、こっわいマナコ。顔はこっち向いてんのに、どこ見てんのか全然分かんねーわ。アタシの顔じゃない、「何か」を見てる。

「それがお前の弱点だ。……焦ると行動と感情は釣り合わなくなるぜ」
「うぐ……何も言えないし……」

反撃する言葉もない。六年、アタシマジで何やってたんだろ……。沈みそうになるけど、聖璃が言ってたことを思い出して、何とかアタシを励ます。今から頑張ればプラスしかない!
……あ。そういえば。

「あのさ。……聖璃、心配してたよ」
「……は?聖璃が……?」

さっきまでの、アタシを突っ張った声が一気にほどける。さっきと言い、こんなびっくりした紫魔、なかなか見れないかも。紫魔は左目の傷跡に触って、そのまま黙り込んだ。
あー。これ、またアタシ置いてけぼりタイムだ。そうは行かねーから。

「会いに行けば良いじゃん。聖璃会いたがってたし」

スカートの砂を払いながら立ち上がると、紫魔は顔を背けた。

「……。行かねえ」
「はあ!?」
「しばらくアイツとは会わねえよ。今聖璃に必要なのは、俺じゃないだろうからな。お前や神咲だ」
「は……??何言ってんの……??」

いっつも意味不明だったけど今回はもっと意味分かんない。会いたがってたって言ってんのに!
紫魔は背中を見せたまま、少しだけこっちを見た。何考えてんだかまったく分かんない。アタシより遥かに頭良いクセに、強いクセに、なんで……。
病院にいた聖璃の顔がぐるぐる回ってる。確かに聖璃は強いよ。何にも言ってくれないのにあんなに真っ直ぐな目が出来るの多分聖璃くらいだし。

『一番大切なものを見失っていないことは僕が知っている』

だったら、余計に――

「ッ……聖璃は神様じゃねーんだよ!!!」

大声を出した。もう紫魔の顔が見れない。あの目を見てたら多分、物怖じして言いたいことも言えなくなる。

「聖璃だって……アタシと同じ人間なんだよ……っ。何にも言わずに勝手に顔見せなくなって、怖くて、不安になって……何かしたかな、何かあったのかなって……」

聖璃は強いかもしれない。待つ覚悟が出来てる。ビビるくらいに。でも、心はアタシと一緒なんだ。人間だから。
そうじゃなかったら、あんな心配するわけないっしょ、この馬鹿。
うっわサイアク、勝手に涙出てきた。脳みそ突き抜けた涙が勝手に落ちてくる。

「っとに、マジで……!聖璃は優しいから言ってないんだろうけど!!待ってるのって辛いんだからな!!こんなこと言ったら聖璃に怒られそうだけどさあ!!分かってやれよ!」
「それは無理な話だ」
「ハア!?っげほ、げほっ、」

大声出しすぎてむせた。そこソッコーで返す普通!?ないてるのとむせてるの重なって次の言葉出てこないし。

「俺には一生分からねえよ。聖璃に秘められた感情も、お前の感情も……。俺が俺の好きなように生きるために」
「そんっ、なの」
「俺と聖璃はそれで良い。これはアイツが望んだ事でもある。……お前は違うらしいがな」

ずざ、と砂が足にすりつく音がきこえる。
黒い七分丈のシャツ。紫魔がいつも着ている服。それが今、アタシの前にある。立ち塞がるように立っている。試すように見下ろして。

「『待っているだけだと辛いから強くなりたい』……。そんなところか?」
「うえ」

アタシの目標をいとも簡単に簡潔にまとめやがった。しかも声に余裕がすっかり戻ってる。こんなに察しが良いクセに変なとこで鈍いんだから、紫魔ってマジで変なの……。
くくっと喉を鳴らして紫魔は笑った。

「上等だ。そういう目は嫌いじゃねえ」
「へ?」
「俺はこの時間大体ここにいる。教えはしねえ、お前が勝手に学べ。それだけだ。じゃあな」

言うだけ言って、紫魔はアタシの横を通り過ぎて、公園から出ていった。思わず息を深くふかーく吐く。
とりあえず、良かったっぽい。助かった……。
思えば、自分から勉強なんてやったことなかったわ。嫌なことばっかだと思ってた。今は……こんな怖すぎる思いしてまで、掴もうとしてる。

「アタシ、変われてるかな。……変われてるよな。今から、もっと……」



六年目の春。
今更じゃない。今から変わる、運命の春。

こんなこと言える日が来るなんて思ってなかった。
――アタシが強くなるまで、あとちょっと待っててよ、竜斗。